新型コロナウイルスで、私たちの生活、国や企業のかたちは大きく変わろうとしている。これは同時に、これまで放置されてきた東京への一極集中、政治の不透明な意思決定、行政のペーパレス化や学校教育のIT活用の遅れなど、日本社会の様々な課題を浮き彫りにした。
連載企画「Withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第15回は、コロナ禍で追い詰められる困窮子育て家庭だ。困窮子育て家庭の現状と9月入学導入が及ぼす影響について取材した。
困窮子育て家庭の7割がコロナ前より減収
2007年以来日本の子どもの貧困支援を行っているNPO法⼈キッズドア。
キッズドアでは今月、コロナ禍で苦しむ困窮子育て家庭などの子ども1万人を対象に、ゴールドマン・サックスの支援を受けて、文房具や家計を補助するクオカードなど「コロナに負けるな!家庭学習応援パック」を配布した。
その際キッズドアでは「応援パック」を申し込んだ4千712家庭にアンケート調査を実施。コロナ禍でさらに疲弊する困窮子育て家庭の現状が浮き彫りとなった。親の就業状況の調査結果では、コロナ前より収入が減った家庭が7割に達し、そのうち約1割が職を失って収入がゼロとなった。親の半数が「収入が減った理由」として挙げたのが、「子どもの休校休園」だ。
休校休園がひとり親家庭を直撃する
キッズドア理事長の渡辺由美子氏はいう。
「申し込みのあった困窮子育て家庭のうち、約3分の2がひとり親家庭ですが、パートなど非正規雇用が多く、『子どもが小さいから休みたい』と職場に申し出ると『来なくていいよ』と言われるそうです。また、保育園からも看護士などを除くと『なるべくこないでください』といわれて、預けづらくなって家にいるので収入が減るケースもあります」
休校や外出自粛による子どもへの影響についての回答は、
「ゲームやスマホを使う時間が増えた」
「外出できずに窮屈に感じている」
「理由も無くイライラするようになった」
などが多く、これはいまどの家庭でも起こっている。
しかし困窮家庭で特徴的なのは、
「食事が不規則になった」
が上位にあることだ。
この理由を渡辺氏はいう。
「ひとり親の家庭では、1日3食、子どもに食べさせられないといいます。経済的に苦しいので、子どもが朝起きてこないと、『まあいいか』と朝昼を一緒にして食事の回数を減らす。3食食べさせた方がいいのは分かっていますが、親も買える材料が限られているので、だんだんと食事がおろそかになるのです」
学校再開後の不登校児童が増えるおそれ
さらに渡辺氏によると、困窮家庭では狭いアパートに親子がずっといなければならず、年頃の子どもであっても個室が無いのでプライベートな空間が確保されない。
「だから勉強もする気にならず、理由も無くイライラするケースが多い」(渡辺氏)。
こうした住居環境もあり、子どもの学習面での困り事についての調査では、「家で勉強する気がおきない」のが最も多い。渡辺さんは、困窮家庭の中でもひとり親の家庭が、特に子どもの学習面は厳しいという。
「パートの仕事は行かないと給料をもらえないので、子どもが10時間以上1人でいるのが不安でも放置せざるをえません。子どもは放置したら勉強しません。特に勉強が苦手な子は、教えてもらわないと1人では出来ないのに、誰もいないのでやれません。ですから休校の間に学力格差は、さらに広がるだろうと思います」
学校が再開された後も問題がある。
「学校が再開しても、子どもが行けるかどうか心配だという話を親からよく聞きます。気力が無くなり、昼夜逆転している子どももいるので、毎日決まった時間に学校に行くのが難しくなって、不登校が増えるだろうなと。困窮家庭はさまざまなところが崩れているのです」
セーフティネットとして機能しない学校も
キッズドアでは4月末頃から、オンラインの学習支援も始めた。延べ500人以上の生徒にマンツーマンなどで学校の課題を教えたりしている。キッズドアは支援を始める際、インターネットの環境調査を行ったが、渡辺氏は困窮家庭のオンライン環境の状況に驚いた。
「家庭に子どもが使えるPCがあるのは本当にわずかで、Wifiの無い家庭も多いです。政府が1人1台端末を配布するといわれていますが、現場ではいつになったらできるのかという感じです。古いスマホだと1時間くらいZoomをやっていると、バッテリーが熱くなってしまい、途中で脱落していく子どももいます」
また学校側の対応にも問題が多いと渡辺氏はいう。
「お母さんから『子どもが1ヶ月間、私としか話していない。こんなことでいいのだろうかとすごく心配だ』という声もあります。学校からあまりフォローがなく、休校中担任から月に1回も電話がかかってこないそうです。オンラインでホームルームをやれるような学校は、毎日子どもの顔を見て元気かどうかわかるのですが、こうした学校は圧倒的に少ないです。学校はすべての子どもの個人情報があってつながれるので、セーフティネット的な役割が出来るはずですが、それをやれていない学校があるのではと非常に不安です」
「#9月入学本当に今ですか」
渡辺氏は「#9月入学本当に今ですか」というプロジェクトを設立し、署名サイトで賛同を募っている。渡辺氏はイギリスで子育てをした経験もあり、そもそも9月入学には賛成派だった。ではなぜいま反対なのか?
「9月入学自体はいいと思っていましたが、いまは絶対出来ません。もし決まったら、学校現場は9月入学の対応をしなければならなくなります。学校しか学ぶ場がない子どもに対する学習の遅れのサポートや、オンライン化への対応が出来無くなり、教育格差がより広がることは明らかなので、いまは絶対に止めてほしいです。平常時だって出来なかったのに、いまやるのはなおさら無理なわけで、なぜいまやるのかと思います」
9月入学で渡辺氏がもう1つ懸念するのは、修学期間が半年増えることによる家計の負担増だ。
文部科学省の試算によると、9月入学を導入した場合、小学生から高校生までの子どもを持つ家庭の追加負担の総額は2兆5千億円に上り、大学生らの負担増は1兆4千億円になる。
「その財政措置はどうなるのでしょう。半年分は無償、学費は要らないとならない限り、耐えられない家庭が出てきます。どうやって日々ご飯を食べていくか悩んでいる家庭に、あと半年といわれても無理ですし、こうした家庭の子どもはどんどん脱落していくことになります。ですから9月入学はいまではありません。コロナがもう少し落ち着いてからです」(渡辺さん)
アフターコロナは子どもを皆で支える社会に
アフターコロナで、困窮子育て家庭にどんな「新しい日常」が来るのか渡辺氏に聞いた。
「緊急事態宣言が解除され、経済が回復に向かっても、最後まで苦しい時期が続くのがひとり親家庭です。なぜ子育て世代が大変かというと、平時から税の再分配があまりにも高齢者に偏っているからです。困窮子育て家庭には、家も貯金もない。コロナで仕事を失い収入も無い人達がいて、今日のご飯も食べられない状況です」
キッズドアで今月、困窮子育て家庭に文房具など「応援パック」を配布したのは前述の通りだ。親からは「中学に進級したけれどノートが買えなかったので嬉しいです」「ノートやペンをお金がないから買ってあげられなかった」という声が寄せられたという。
日本の出生数は2016年に統計開始以来、初めて100万人を割った。そしてそのわずか3年後の2019年には、90万人を割り込んで86万人となっている。渡辺さんはいう。
「子どもを持つこと、育てることに若い人はものすごく不安を覚えています。一人親の家庭に対しても、これまでは『好きで離婚したのだから自分でやれ』と多くの人が考えていました。しかしこれを機会に、『子どもは社会が皆で育てていくんだ』となればいいなあと思います」
コロナの感染拡大が始まった当初は、外にいる子どもを怒鳴りつけ、ばい菌扱いする大人もいた。
「私は高校生まで児童手当を延長し、困窮家庭には特別給付金を継続的に出して欲しいと訴えています。アフターコロナは子どもを社会で支えるのはどういうことか、もう一度皆が考える時期では無いかと思います」(渡辺氏)
子どもたちを支えない社会に、未来はやってこない。
アフターコロナをつくるのは、いまの子どもたちなのだ。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】