立派な幹が目立つ巨大な藤

2本の太い樹から四方に向かって地面をはうように伸びる根。土をまとう根はしっかりと地面に張り、まるで地球の栄養をすべて吸い上げているようだ。

栃木県にある「あしかがフラワーパーク」の象徴である大藤は、樹齢150年以上、枝の広さはおよそ畳1200畳分あり、16万房もの花が咲き誇る。

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真昼の紫藤は、甘く優しい香りをまといながら太陽の光を浴び、その色をさらに鮮やかに輝かせる。黄昏時には夕陽を浴びて、頬に紅をさしたように艶やかに風に揺れる。

大藤を見ていると、刻々と淡く変化していく薄紫色の美しさにばかり目を引かれてしまうが、その花房を支えている幹にも注目してもらいたい。

1000年以上も育ち続けることがある藤は、年月を重ねていくにつれて幹が分かれていくことが多い。
あしかがフラワーパークの壮大な藤棚を下支えする幹は分かれていない。樹齢150年 “若い藤”のどっしりと大地に根を張る幹は、日本ではここだけのもの。美しい花と共に一見の価値がある。

大藤の幹
大藤の幹

緻密にコントロールされた「16万房」

幹が分かれず、しっかりしているのはスタッフが日々細かに大藤の生育を見守っているからでもある。

樹木が今どういう状態か、何を求めているのだろうかと、11名のプロが花の気持ちにいつも寄り添っている。

スタッフの話で興味深かったことは、樹木はただ単純に生長を促して、大きくすればよいわけではないということだ。

2本の藤を合わせて「16万房」という花の数は、樹木の栄養バランスを考えてコントロールされている。花のひとつひとつを手にとって状態を確認し、栄養をとられてしまわないように、花をつけてから実になる前に剪定している。樹を休ませるためだ。

大藤の房
大藤の房

大藤は例年4月中旬から5月中旬までに見頃を迎える。花のプロはこの時期に向けて1年間、育成に合わせて手入れを決めている。

コロナ禍の中咲き誇る藤の花

新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け、多くの商業施設や観光施設が臨時休業となっているが、あしかがフラワーパークも4月13日より臨時休園している。

昨年は70万人以上の来園者が見た最盛期の藤を、今年は見てもらえないことが非常に残念だと園芸スタッフの後藤さんは語った。

スタッフの後藤 大晴さん
スタッフの後藤 大晴さん

入社以来12年間大藤などの植物の生育を見守ってきた後藤さんは、毎年、来園者と一緒に過ごす時間を大切にしている。
大藤が褒められているのを聞くたび、自分も認められているようで誇らしい気持ちになると嬉しそうに話してくれた。来園者の歓声が聞こえない今の園内は正直寂しいと、思いを打ち明けてくれた。

「園内の植物をお客様に見てもらいたい。お客様に喜んでもらいたい。」

花が十輪咲いたら開花宣言が出される。今年は、例年より1週間ほど宣言が早かったことから、いつもより花を長く楽しめる時間があった。しかし不運にも臨時休園となって見てもらうことができずに残念でならないと、園内で働くスタッフは話してくれた。

 「お花自身もできるかぎりお客様に見てもらいたいのではないかな」

「お客様の喜ぶ声がなかったから、開花から見頃を迎えるまでの時間が長かったのではないかなと思います」


土の手入れをしていたスタッフが花の気持ちを代弁してくれた。

今だからこそできることを

あしかがフラワーパークは来園できない人のために、園内を疑似体験できるような新たなサービスを始めた。そのひとつが24時間ライブ配信である。

カメラを通じ、少しでも楽しんでもらいたいという想いで、毎日スタッフが見頃となった花の前にカメラを設置している。

風に踊るなんともかわいらしい藤をいつでもどこからでも見ることができる。また休園を機に、フラワーパークに来園しないと購入できなかった「藤の花で染めたハンカチ」なども、オンラインショップで家にいながら手に入るようにした。

取材後記

外出できずにいる人たちのために、少しでも心休まる時間を提供したい。テレビ画面を通して、花々を実際に目の前にしているような感覚になってもらいたい。
息を呑むほど美しい大藤を感じてもらいたい。そう考えて、休園中のあしかがフラワーパークに、特別に許可をもらって撮影をした。

園内に入った瞬間、色鮮やかな世界に魅了された。薄紅藤、紫藤、八重藤、白藤やツツジの壮麗な姿にハッと息を呑んだ。そして取材の合間、ふとした時にマスクを外し、深呼吸するたび、春の甘い香りに心がゆるゆるとほどけていく気がした。

コロナ禍のなか、日々取材に追われている自分の心は気づかぬうちに緊張していたのだろう。

甘く優しい春の香りで満たされた静かな園内で、雄大な大藤や優雅な薄紅藤の前に立つと、花々のエネルギーを感じることができた。視聴者にも同じように伝わって、気持ちが少しでも“ゆるり”となればと、願いながら取材した。

休園中のパークを取材したからこそ分かった事があった。日本だけでなく世界中で、日常もままならない状況にありながら、それまでと変わらぬことなく日々作業しているスタッフがいた。自分自身のこと以上に植物を思い、園の再開を待ち望む人たちのことを思っている人がいた。そんなスタッフの“満開の笑顔”も、早く見たいと強く思った。
そして、大藤の前に立って、誰もが春の香りを体で感じることができるような、ごく普通の日常が一刻も早く戻ってきて欲しいと願っている。

撮影・執筆:佐藤祐記、楠瀬琴美

【あしかがフラワーパーク】栃木県足利市迫間町607

ライブ配信URL
https://www.ashikaga.co.jp/news/details.php?id=515

撮影中継取材部
撮影中継取材部