連日新規感染者が10人以下、時には0人になるなど感染拡大を抑え込んできた韓国。6日には外出自粛要請が解除され、街には多くの人が戻ってきている。特に首都ソウルは17日間連続で国内新規感染者がゼロになった事もあり、市民はマスクや手洗いなどの感染防護を取りながらも、日常を取り戻しつつある。

そんな中、7日にソウル近郊の龍仁市に住む20代の男性の感染が確認され、感染拡大とは別の次元で議論が起きている。地元自治体が公表した男性の動線情報がきっかけで、性的少数者が攻撃される人権侵害が発生したのだ。

男性が行った「クラブ」の店名を公開

男性は感染が確認される前の5月1日深夜から2日未明にかけて、ソウルの繁華街である梨泰院(イテウォン)でクラブなど5軒の店をはしごしていた事が、梨泰院を管轄する自治体・龍山区の発表で明らかになった。

ソウルの繁華街・梨泰院
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韓国では新型コロナウイルスの感染が確認された人の動線を自治体が公開している。訪問した店の名前や、何時何分にどの電車に乗ったのか等情報は詳細で、市民はその情報を元に自分が接触者なのかどうかを判断できる。

同じ時間に同じお店で食事していた人などが自ら名乗り出てPCR検査を受けるケースがままあり、対コロナ防疫の強力な武器となっている。

ソウル・龍山区が公表した男性の動線。訪問した店の名前も掲載されている(画像の一部を加工しています)

今回龍山区は、規定通り男性が行ったクラブの店名を公開したが、それをきっかけに大きな問題が生じた。韓国のネット上で、このクラブは性的少数者が集う店だとして男性を揶揄する書き込みが多数なされたのだ。

場所と店名が明らかになれば、その店がどういう店なのかは比較的容易に分かってしまう。さらに多くの韓国メディアも「男性はゲイクラブを訪問していた」とあえて「ゲイ」という言葉を使って報道した。メディアのお墨付きもあり、ネット上の書き込みはヒートアップし「ゲイはコロナが怖くないのか」「感染者はゲイということだな。同性愛は精神病だ」などと、見るに堪えないコメントが殺到した。

当然だが、男性が性的少数者かどうか、訪問したお店にそういう人が多いのかどうかは、新型コロナウイルスの感染とは全く関係が無い。深刻な差別であり人権侵害だ。

韓国の性的少数者団体は「一部メディアの報道は性的少数者に対する偏見と嫌悪を助長するだけで、何の社会的効用・価値を創出できなかった。個人に社会的責任を転嫁して社会に不安を再生産した今回の報道は性的少数者の人権を後退させ、公衆保健にも多大な被害を与えた」との声明を発表。批判の矛先は行政による店名公表ではなく、メディアに向かっている。

一方韓国メディア内からも、店名公開が本人の了解を得ずに性的な秘密を暴露するアウティングに当たる可能性があるとの批判が出ている(韓国日報)。だがその論旨はあくまで「こうした情報の暴露をすると来店を隠す人が出てくるので、防疫の観点から望ましくない」というものであって、人権侵害に力点を置いたものでは無かった。

動線公開の副作用は他にも

感染者の動線の詳細を公開する問題点は、公開後の人権侵害以外にも存在する。「自分が感染したら自分の動線が全て公開されてしまう」という社会で暮らすことを想像してみて欲しい。人に知られたくない場所に行く事や、知られたくない人と会う事を躊躇しないだろうか。

韓国人の友人は「常にプレッシャーをかけられているようで息苦しい。自分が行きたい場所にも行けない」と嘆いていた。韓国に住む私たちは常にこうした無言の圧力を受け、時には無意識に自分で自分の自由を制限している。一方、こうした圧力が人々の行動を抑制し、防疫に一役買っている面も当然あるだろう。

感染者の動線の詳細を公開することで得られる防疫上のメリットは確かに大きい。だが、それによって失われるものもまた小さくない事が分かる。防疫を優先するのか、個人の自由やプライバシーを優先するのか、その共存を図るのか、ポストコロナの社会ではこうした価値観の葛藤が激しさを増すだろう。

この男性を巡っては、8日正午現在で知人やクラブにいた人など併せて15人の感染が確認された。外出自粛要請解除の直後に判明した、首都ソウルでの集団感染発生ということで、衝撃を受けた韓国政府は封じ込めに全力を挙げる姿勢だ。

この集団感染が深刻になるほど、性的少数者への攻撃が激しくなることが予想される。韓国政府は感染拡大とともに新たな人権侵害を止める事が出来るのか、注目される。

【執筆:FNNソウル支局長 渡邊康弘】