「ボスポラス海峡をイルカが独占」

新型コロナウイルスの感染者が13万人を超え、厳しい外出規制で街から人が減ったトルコの最大都市イスタンブール。東西文明の境界であるボスポラス海峡も、往来する船舶が激減した。さらに、禁漁の時期となった今、ある生き物の目撃件数が増えている。野生のイルカだ。トルコメディアも連日、次のような見出しで伝えている。

IHA
「ボスポラス海峡をイルカが独占」
TRT
「イスタンブールっ子たちは家にこもった。イルカは海で楽しそう」
イェニチャー
「自然界は本来の姿に戻った。至る所からイルカが飛び出してくる」

まず上の映像を見て頂きたい。船が少なくなったボスポラス海峡をのびのびと気持ちよさそうに泳ぐイルカ。上空からは群れで泳いでいる姿も確認できる。専門家に話を聞いた。

天羽綾郁さん(トルコ海洋研究基金研究者、イスタンブール大学講師):
ボスポラス海峡にはもともと野生のイルカが生息している。20年近く調査しているが、春先から夏にかけてその姿を見かけることは珍しくはない。エサとなる回遊魚がこの時期、エーゲ海からマルマラ海を経てボスポラス海峡を通り北の黒海へと移動する。海峡の入口が狭くなっているので、イルカがエサの魚を捕まえやすく、魚を食べているのを観察できることもある。

船が少なくなった海峡でのびのび泳いでいる
船が少なくなった海峡でのびのび泳いでいる
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ーーボスポラス海峡にはどんな種類のイルカがいるのか?

天羽さん:
3種のイルカが確認されている。バンドウイルカ、マイルカ、ネズミイルカだ。

「音」の世界で生きるイルカ

ーーこの時期に目撃回数が増えているのはなぜ?

天羽さん:
まだ調査していないので詳しくはわからないが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で船舶の交通量が減ったことは理由のひとつだろう。イルカは音の世界で生きており、高い周波数の音を発して周りの様子を探ったり仲間と交流している。特に騒音の大きなモーターボートなどを嫌い、それらが近づくと潜ってしまう。今はそのような船舶が減っているので、非常に快適なのだろう。これまでより沿岸に近いところ、例えばマリーナの中などにも頻繁に入ってきているようだ。また、トルコでは毎年4月中旬から禁漁となるため、エサとなるアジやカタクチイワシが増えている可能性もある。我々は、ボスポラス海峡に水中マイクを入れて24時間モニタリングしているので、この時期のデータを解析したら面白いことがわかるかもしれない。

水中マイクで海峡を24時間モニタリング
水中マイクで海峡を24時間モニタリング

ーー市街地にも近い海峡でイルカが見られるということは、ボスポラス海峡は水質が良いのか?

天羽さん:
イルカはエサのあるところには行くが、ボスポラス海峡もやはり目に見えない汚さはある。汚水処理場がちゃんと機能しているかわからないし、工場の汚水も少なからずあるだろう。とはいえまだ良い方だ。たとえば、東京湾。船舶の交通量が多い上に水質が悪いことから、イルカはほとんど入ってこない。スナメリ(イルカの一種)が時々見られるが、それさえも見つけるのはなかなか困難だ。

イスタンブール市民の”癒やし”に

この時期に見られるイルカは、もともとイスタンブール市民の楽しみのひとつだ。このコロナ禍で外出や娯楽が大幅に制限されている中でも、その愛くるしい姿を目にする機会が例年より増えていることは、市民にとっても大きな癒やしだろう。

ボスポラス海峡の夕日を背に飛び跳ねるイルカ(イスタンブール県知事ツイッターより)

トルコでは5月11日から経済活動再開に向けた規制の緩和が徐々にスタートする。エルドアン大統領は「今後3カ月で生活を正常化させる」と述べた。近い将来イスタンブールに元通りの生活が戻るとすれば、来年の春、イルカはどれぐらい姿を現すだろうか。天羽さんが行っている24時間水中モニタリングの結果も非常に気になるところだ。市民がこの苦難から早く抜け出すことを願うと同時に、生活圏でイルカが見られるという、この貴重な光景がいつまでも続いて欲しいものだ。

【執筆:FNNイスタンブール支局長 清水康彦】

清水康彦
清水康彦

国際取材部デスク。報道局社会部、経済部、ニューヨーク支局、イスタンブール支局長などを経て、2022年8月から現職。