3月14日の緊急事態宣言から1ヵ月以上が経ち、外出禁止が非常に厳しい形で行われていたスペインだが、5月2日には大人の散歩や個人の野外スポーツの許可も出ようというところだ(4月28日現在)。

長い軟禁生活の中で外に出たい、人に会いたい、バルに行きたい、旅をしたいという欲求は強まるばかりだが、現時点では5月4日から4段階に分け、徐々に緊急事態を解除してゆく予定だ。

県ごとの感染者状況や病床確保数などを踏まえながら、2週間で次段階へ移行する。個人で旅ができるのは最短でも6月22日以降になる想定だ。もっとも、県毎に解除段階をクリアしてゆくため、県毎の段階差がある間は、国内移動も自由にできない。

緊急事態宣言のもと外出が禁止され、人の姿が消えたスペイン
緊急事態宣言のもと外出が禁止され、人の姿が消えたスペイン
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街では消毒作業が行われていた
街では消毒作業が行われていた

この数年来、スペインではオーバーツーリズム対策を掲げる都市は多かったが、コロナ後の観光業は真逆の世界だ。どんな変化が待っているのだろうか。

業界紙として25年の実績を持ち、B to Bの情報誌としては国内一の信頼を誇る「Hosteltur」誌のディレクター、マヌエル・モリナ氏に話を聞いた。

民泊オーナーが長期賃貸へ方針転換

マヌエル・モリナ氏:
オーバーツーリズムを助長するきっかけとなった「Airbnb」(民泊)とホテルの対立というのは、ホテル側にとっては大きな問題でした。民泊とホテルは法令や規則の面で同じ土俵にいないし、それでもある一定の観光客のニーズに十分応えて拡大し、超過した観光客のせいで、地元住民との共存など、様々な問題が起こっていました。

今、読者や業界関係者からよくその質問を受けます。民泊の宿はこの災禍で利益を出すのかどうか、と。まず、こうした民泊の施設は共同スペースが少ないという利点があります。大きなホテルは共同ペースが多い。人とのコンタクトを避けるであろうこれからの観光客の傾向には向いていると言えます。民泊同様、人との接触が少ない田舎家に宿泊するような観光や、自然の中に滞在するような観光は需要が増えるでしょう。

一方、民泊のオーナーにも家族があり、生活があります。先が見えない状況では、観光客の占有を待つよりも、長期賃貸に出す方が安心だと考える人もいます。現在、政府主導で宿泊施設のためのコロナ後の衛生管理安全保証制度を作成中で、数週間で決定する予定ですが、国が決めるこうした安全制度を守るには費用かかかりすぎるという民泊オーナーも出てくるでしょう。

「Hosteltur」誌ディレクターのマヌエル・モリナ氏
「Hosteltur」誌ディレクターのマヌエル・モリナ氏

実際、3月のスペインの国内紙では、スペイン最大の賃貸物件探しサイト「idealista」に緊急事態宣言後、マドリード州だけで24時間で240件の物件が増加したという報道があった。この数字はそれまでの日毎の登録数と大きく変わるわけではないものの、民泊物件が長期賃貸に流れてきているという見方も強い。

一方、プラットフォームビジネスである「Airbnb」が、コロナ後にさらに強くなるという見解もある。スペインメディアに発言したアメリカの研究者は、現在、ホテル業同様に大打撃を受けているAirbnbも「力強く復活する」と言う。ホテルのように固定経費が大きくなく、デジタルベースでなんでも簡単に変化が可能な運営だからこそ、客やオーナーのニーズに素早く対応できる利点があると言う。(4月20日 Buisiness Insider)

スペインの観光業はコロナ災禍を機に大きく変わる

これまでのスペイン国内の民泊の増加は、大都市部の不動産賃貸料金を引き上げ、にわか不動産ブームを巻き起こし、若者や低所得者の居住をダイレクトに脅かしてきた。

マドリード州では、4月中旬に行政と民間の不動産業者団体との会合がもたれ、不動産売買、賃貸や不動産使用方法の検討、財務処理の便宜などを図ることについて合意に至っている。州としては、コロナ災禍の後こそが、州内の不動産業界の真の需要に応え、市場の安定化を図るための好機と見る。

コロナ後のオーバーツーリズムとは真逆の世界が、改めてこの国の観光をより良い方向へ導くきっかけになるかもしれない。

マドリードの街並み
マドリードの街並み

マヌエル・モリナ氏:
観光業はこれを機会に大きく変わるでしょう。この災禍の利点があるとすれば、9・11(アメリカ同時多発テロ)後に空港の安全システムが強化されたのと同様に、現在作成中の衛生安全保証システムは、施行されればそのまま残ってゆくことです。大規模な国際会議などは縮小されたり、オンラインで開催されたりして、よりサスティナブルな形になるでしょう。

スペインでは、これまでにも自然環境を尊重した観光を目指してきました。私が住むマジョルカ諸島は、今年の夏は全く違った景色を見ることになりますが、今は個人と企業、生活と自然、人間と地球との関係を見直す機会です。これから様々なテクノロジーにも支えられて、また旅ができるという感覚さえ再び取り戻すことができれば、この島には自然に人が戻ってくると考えています。

マジョルカ島の美しい港
マジョルカ島の美しい港

スペインは約10年前のリーマンショックの際、「ギリシャの次はスペイン」と言われ、大量解雇、多くの企業の破産やローン不払いから強制退去の増加などの経験をし、首都座り込みやデモのムーブメントから政府を覆した過去がある。

そしてこの数年には、EU圏内でも好調と言われるほどの経済成長率をマークしてきた。ようやくあの経済危機を乗り超えたかというところに、今回のコロナ災禍である。今度の乗り越えるべき壁はあの時より高い。

しかし、コロナ緊急事態宣言後に「スペイン人であることを誇りに思う」人が増えているというアンケート結果もあるほど、この長い軟禁生活の中の倦怠と不安から気持ちを改めて、やる気を持ち直している人は少なくないだろう。観光業を始め、また国の底力が試される時がきている。

【執筆:ライター&コーディネーター 小林 由季(スペイン在住)】

小林 由季
小林 由季

95年よりスペイン在住。フリーランス通訳、ライター、コーディネーター 。
フラメンコ、闘牛、シエスタ、パエリア以外のスペインを伝えたいと、
様々な媒体と方法で日本とスペインをつなぐお手伝いをしています。