チャンネル登録者380万人超の「アニメマン」

ロンドン中心部の巨大展示場で5月下旬、イギリス最大規模のアニメの祭典「MCMロンドン・コミコン」が開かれた。アニメ関係者のトークショーやグッズの販売、コスプレショーなども開かれるポップカルチャーのイベントで、2022年も8万人以上のファンが集まった。そのメインステージで熱狂的な声援で迎えられた若者がいた。まるでロックスターのような存在だ。

若者の名はジョーイ。「アニメマン」とも呼ばれるジョーイは、アニメと日本のサブカルチャーに関するコンテンツで人気を集めるユーチューバー、“アニチューバー”だ。ジョーイが運営する2つのYouTubeチャンネルは、合わせて384万人以上(2022年6月19日時点)の登録者を抱える。

ジョーイのトークに大勢のファンが集まった
ジョーイのトークに大勢のファンが集まった
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27歳のジョーイは、シドニーでオーストラリア人の父親と日本人の母親の間に生まれた。2つの国の文化的影響を受けて育ったが、大きかったのは日本アニメの存在だ。日本に暮らす祖母が「ドラえもん」と「サザエさん」を録画したVHSテープを定期的に送ってくれ、夢中になった。それをきっかけに「コロコロコミック」や「少年ジャンプ」などの漫画雑誌も読むようになった。「日本の子供たちと同じ道を歩んだ」とジョーイは振り返る。そして多くのアニメをみるうちに「アニメにはもっと深い世界がある」として、より深く追い求めたくなったという。

2010年、高校の授業で「自分のサイトを立ち上げる」という課題を与えられたジョーイは、学校でただ1人の日本の血が入った学生なので「自分らしいことをやってみよう」と思い、最新アニメを紹介するサイトを作成した。これがきっかけとなり、その後アニメを独自の視点から解説するYouTubeチャンネル「The Anime Man」を立ち上げた。現在9年目になるが、アニメファンの大きな注目を集め、登録者は320万人を超えるまで膨れ上がった。

「The Anime Man 」YouTubeチャンネルより
「The Anime Man 」YouTubeチャンネルより

現在は東京を制作の拠点としていて、2020年には日本の大手出版社とも契約を結び、他の2人の“アニチューバー”仲間と「トラッシュテイスト」というポッドキャスト番組の制作を始めた。エピソードは100を超えている。こういった活動が注目を集め、2021年には東京の外国人特派員協会でイベントを行った。また、チャリティーのライブ配信で18万ドルもの寄付金をファンから集め「国境なき医師団」に寄付するなどの社会貢献活動も行っている。

今回のコミコンでも、多くのファンたちがジョーイに会うために行列を作った。ジョーイは、かつてはこういったイベントに参加するファンの1人だった自分が、今や大きな注目を集めているのは「不思議な気持ちだ」だと話す。「自分はネットでアニメについてしゃべっているただの人なのに」という。

東京の外国人特派員協会で開かれたイベント(2021年)
東京の外国人特派員協会で開かれたイベント(2021年)

テクノロジーの進化も追い風に

こういった“アニチューバー”たちの成功は偶然ではなく、日本のアニメが長い歴史を経て世界中で人気を博していることがある。

世界有数のアニメ向けオンラインストリーミングプラットフォーム「クランチロール」のコンテンツ責任者であるアサ・スエヒラ氏は、「日本のアニメが突然世界的に人気になったわけではない。アニメは絶対人気を集めると信じた日本や海外の制作者や企業の努力でここまできた」と話す。

「MCMロンドン・コミコン」のグッズ売り場
「MCMロンドン・コミコン」のグッズ売り場

「クランチロール」によると最初に日本にアニメが生まれたのは1907年。その後戦争を経て1960年代にアメリカに、そして70年台にヨーロッパへと渡った。その後90年代に入るとホームビデオの普及もあり「ドラゴンボール」などが世界中のマニアの注目を集めた。そして2003年に宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」がアカデミー賞で長編アニメーション賞を受賞。「日本アニメ」はひとつのジャンルとして世界的に確立した。

日本アニメの人気の理由について、ジョーイは「アニメはとても日本的」「日本アニメの、他ではみられない独特の世界観や、数え切れきれないほどの様々なジャンルがあり、それが世界中の人々を引きつけている」と話す。

さらに、現代のテクノロジーの進化が果たした役割も大きいという。Netflixやクランチロールのようなサービスが出現し、世界中でアニメが見られて、オンラインで各国のファン同士がアニメについて話し合うことができることもシーンの盛り上がりに一役買っているという。

「MCMロンドン・コミコン」には大勢のコスプレイヤーも
「MCMロンドン・コミコン」には大勢のコスプレイヤーも

YouTubeの先へ…「アニメマン」の新たな挑戦

“アニチューバー”の世界は、予想以上の広がりを見せている。ジョーイによると、アニメの作画方法や音楽などニッチな分野にも広がっていて、各国のファン同士で時には「派閥争い」のようことも起きるという。

ジョーイは「日本アニメのファンは日本についても関心を持っている」と話し、日本のサブカルチャーへと分野を広げている。2022年6月には新たに、ストリートファッショブランド「NØNSENSE」を立ち上げた。「自分が怖いのは今やっていることが退屈だとか思うようになること。いつも新しいチャレンジを見つけたいと思っている」。今後はYouTubeにとどまらず、さらに活動を広げていきたいと夢を語る。

ジョーイに、ここまで成功できた理由を聞いてみると「人々は僕の独自のモノの見方を楽しんでいると思う」と答えてくれた。日本とオーストラリアという2つの異なる文化の影響を受けて育ったことで、ユニークな視点を得ることが出来たのかもしれないと控えめに話す。

インタビューに答える「アニメマン」ジョーイ
インタビューに答える「アニメマン」ジョーイ

“アニチューバー”としてのジョーイの成功の背景に、世界における日本アニメ人気があることは確かだ。しかし、コミコンの現場を取材し、彼のような“アニチューバー”たちが、日本アニメの人気を後押しし、加速させているということを実感した。

【取材執筆:ミラン・バナジ(FNNロンドン支局プロデューサー)】

ミラン・バナジ
ミラン・バナジ

京都出身、10歳の時にイギリスに移住。北アイルランドで大学を卒業 。「ガンダム」と、90年代の「頭文字D」に代表される日本車カルチャーが好き。