デマからトイレットペーパーを求める人が殺到…

新型コロナウイルスの感染拡大に関する「デマ」で、一時トイレットペーパーを買い求める人が殺到し、品薄となる事態が起きた。

そのきっかけとなる内容は「トイレットペーパーの製造元が中国。次はトイレットペーパーが品薄になる」といったもの。これがSNSに投稿されて拡散し、信じた人たちがトイレットペーパーを一気に買い求めた結果、ドラッグストアなどの店頭から一時消えることとなったのだ。
(関連記事:デマだと知りながらも買う…“ある噂”によりトイレットペーパーが各地で品切れ

トイレットペーパーなどが一時品切れ状態となっていた
トイレットペーパーなどが一時品切れ状態となっていた
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だがこれは誤った情報で、日本家庭紙工業会は2月28日、消費者にこう呼びかけたのだ。

トイレットペーパー、ティシューペーパーについては殆どが国内工場で生産されており、新型コロナウイルスによる影響を受けず、現在も通常通りの生産・供給を行っております。また原材料調達についても中国に依存しておらず、製品在庫も十分にありますので、需要を満たす十分な供給量・在庫を確保しています。

現在、一部地域では一時的に購入しにくい状況となっておりますが、物流が整い次第、消費者の皆様のお手元に届くようになります。どうぞご安心ください

実際はトイレットペーパー、ティシューペーパーの供給力、在庫は十分にあったのだ。

東京・江東区のイトーヨーカドー木場店では、5日から、特設売り場での大量のトイレットペーパーの販売を始めた。官民一体となった物流システム強化で、在庫があるメーカーから大量に入荷し、適正価格も維持。この店だけでなく、イオンでも複数の店舗に特設売り場を設けて販売し、在庫への安心感を打ち出す姿勢に、SNSでは「やる気を感じた!」などの声があがった。

東京・江東区のイトーヨーカドー木場店の特設売り場
東京・江東区のイトーヨーカドー木場店の特設売り場

一方、デマについては、その投稿者の1人が、米子医療生活協同組合(鳥取県)の職員であることがわかり、組合はHPでお詫びの文書を掲載し謝罪している。

デマが発端となり、実際に一時は多くの人がトイレットペーパーを買い求めて品薄となった今回の事態。そもそも、なぜこのような“騒動”となるまで発展したのだろうか?

これについて、組織心理学、社会心理学が専門の慶應義塾大学・吉川肇子教授は、「予言の自己成就」「噂」「社会的ジレンマ」の3つが大きく関係していると指摘する。

具体的には、一体どういうことなのか? 吉川教授に、社会心理学の視点で詳しく話を聞いた。

たとえ根拠がない見立てでも、新しい行動により現実になる

――“予言の自己成就”とはどんなもの?

アメリカの社会学者・マートンが提唱したもので、社会心理学で古くから使われている言葉です。たとえ根拠がない見立てや考えであっても、それが新しい行動を呼び起こし、その行動が結果として当初の誤った考えをリアルにするものです。

――例えばどんな例がある?

アメリカでよく言われるのは、「黒人のスト破り」。スト破りとは、ストライキを無視して働くことを言いますが、白人だけの労働組合が黒人はスト破りをするからという偏見で、黒人を組合に入れてあげなかった。そうすると、組合に入れない黒人は、本当はそういうことしないのに、結果としてスト破りをしてしまう。

他にも、受験に失敗するかもしれないと悩む→気になって勉強が手につかなくなる→試験に失敗する。これも“予言の自己成就”です。

「この先これが流行る!」も予言の自己成就

――“予言の自己成就”は、基本的にはネガティブなもの?

社会的な現象としては、ありきたりですが、流行は典型的な例ですね。雑誌が「今年はこれが流行る」というと、実際に流行る。他にも、宣言すれば夢は叶う!というものです。

このようにプラスに働くものもあります。

――ちなみに、セールなどに殺到している時につい買ってしまう心理はまた別のもの?

これは違います。限定のものを欲しがる心理。希少性が高まると魅力が高まるという理論です。

「今回の騒動もそうです」

――今回の騒動は“予言の自己成就”に当てはまる?

そうです。トイレットペーパーが品薄になるかもしれないという誤った情報を受け取った人たちがお店に行って、トイレットペーパーを買う。

→棚からトイレットペーパーがなくなっていく様子を見た人が品不足の情報は正しいと誤認し、購入する。

→結果、トイレットペーパーは売り切れてしまう。

トイレットペーパーが品薄になるという予期をするだけで、結果として現実に起きてしまうのです。

“噂の広まり方”と“社会的ジレンマ”も今回の騒動に関係

――今回の騒動、社会心理学の視点でみると“予言の自己成就”以外にも 2つのことが考えられるとか?

私は、“予言の自己成就”に加え、“噂”と“社会的ジレンマ”も深く関わっていると考えています。噂はどのように広まるかというと、心理学的には以下のような計算式で広まると言われています。

噂の広まり方=上式f(「その問題の重要性」×「情報の曖昧さ」)。上式のf()は、関数という意味です。

重要性と曖昧さ、どちらかがゼロなら掛け算をしてもゼロなので広まらない。噂が広がるのは、重要な問題でかつ、曖昧な情報の時。今回の騒動は、きちんと情報が出ておらず、曖昧さが大きくなったため、広がったと考えられます。

――では社会的ジレンマとは?

利己的に振る舞うことが、結果的に全員が困った状態に陥るとしても、なかなか協力できないということです。この場合は、利己的にトイレットペーパーを買ったほうが個人的にはお得。

協力して買い控えると、自分だけ買えないリスクを負うことになります。みんながそう考えるから、みんなが買って、品不足になるのです。

買う側と売る側はどんなことすればよいのか?

――消費者は、どう行動すべき?

ニュースや公的機関など複数の情報元を確認した上で判断することです。最近は、SNSで好きな人としか付き合わない人が多く、多様でなくなっています。普段から、自分と違う人の意見を見てみることも大事かと思います。

――店側ができることは?

トイレットペーパーのように、在庫が大量にある場合は、在庫を積んで目で見える形で示すことが大事です。ない場合でも、入荷の見通しが立っているものは「○日に○個入荷します」といったことを知らせることで不安が解消することもあります。


イトーヨーカドーやイオンのとった山積みにする対策は、社会心理学的にも正しかったようだ。
今大事なのは、誤った情報に惑わされず、複数の情報源を当たって正しい情報を見極め、冷静な行動を取ることだろう。

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プライムオンライン編集部
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