医療大麻クリニックがオープン
受付の前で長い列をなす患者たち。ここはタイの首都バンコクで6日に開設された「医療大麻」による治療を専門とするクリニックだ。治療対象となる症状は偏頭痛や不眠症、うつ病、筋肉痛など様々で、大麻の専門知識を持つ医師が診察し、必要と認められれば大麻成分を含むオイルが処方される。
この記事の画像(8枚)大麻を使った医療は、これまでタイ国内では禁止されてきた。しかし2018年にタイ議会は、医療や研究目的で大麻を使用することを合法化。これを受けて、医療大麻を扱う診療所の開設が各地で相次いでいる。ただ、医療大麻を扱う事ができる医師がまだ不足しているのが現状で、常時診療が受けられるのは、このクリニックが初めてだ。ここでは1日平均200人から300人の患者を受け入れることが可能だという。
オープニングセレモニーには、医療大麻合法化の旗振り役であるタイのアヌティン保健相が参加した。またセレモニー会場には、タイ政府が新たに作ったユルキャラ「ドクターガンジャ(大麻)」が登場するなど、タイ政府による「医療大麻」推進に向けた並々ならぬ決意が感じられた。
なぜ医療大麻を推進するのか?
医療大麻の合法化は東南アジアで初めてだ。国を上げて普及させようとする狙いはどこにあるのだろうか。
最大の理由は大麻が生む経済的な利益である。現時点では病院と研究機関のみが大麻の栽培が可能で、一般の農家が栽培をすることは許されていない。しかしタイ議会では現在、世帯あたり6本の大麻栽培を認める法案を審議中で、可決されれば農家の収入増につながるとの期待がある。さらに拡大するとみられる医療大麻関連ビジネスを見据えて、民間企業の参入についても政府は検討中だ。
しかし医療用とはいえ、市民の間で、大麻を全面的に推進することに抵抗感はないのだろうか。実はタイでは昔から伝統医療で、痛みや疲れを和らげるものとして大麻が使用されてきた歴史がある。そのためタイ国民の中で、大麻使用の抵抗感は意外なほど少ない。
タイ政府にとって「医療大麻」は経済的な利益を生み、かつ国民的な合意が得られやすい育成産業なのだ。
クリニックには患者殺到
オープン初日とあってクリニックには多くの患者が詰めかけた。医療大麻への期待の大きさを物語る。患者は専門医の診察を受けて、必要と診断されれば、陶酔成分が抑えられた大麻オイルを処方される。症状によって使用量は異なるが、この大麻オイルを食後か就寝前に1~2滴ほど口に含むのが一般的だという。
クリニックを訪れていた変形性関節炎を患うセーンチャンさん(77歳)は「大麻から得られる利益を知りたいです。長生きしたいですし、家族にもその効果を伝えられたらいい」と医療大麻への期待感を語る。そこには大麻を使うことに対する抵抗感はまったくない。クリニックのディレクター・タネード医師は「地元の人たちは長い間、このような伝統薬を使ってきた。我々はそれを科学的基準に基づいて使用するのです」と話し、安全性を強調した。
一番の問題は「適切な管理」
ここでタイでは医療大麻が合法化されたとはいえ、娯楽目的での嗜好用大麻は違法であることは強調しておきたい。タイ国内で嗜好用大麻は、販売目的で大量に所持した場合は最大15年、マリファナ所持でも最大5年の実刑が適用される重罪だ。嗜好用大麻の危険性については日本の厚生労働省が、乱用すると記憶や学習能力、知覚を変化させ、乱用を続けることにより無動機性症候群(やる気がない状態)や、人格変容、大麻精神病を引き起こす可能性があると警告している。
となると大麻栽培が可能となった場合、「医療用」と「嗜好用」の線引きをどうするかが問題となる。
タイでは今でも違法栽培された大量の乾燥大麻が頻繁に押収されるなど、当局による麻薬との闘いが続いている。こうした中で合法的な大麻栽培が広がっていくと「医療用」とされるものが「嗜好用」に流れる可能性があるためだ。タイ当局には、この線引きをどのように担保していくのか、厳格な対応が求められている。