世界の政治家やセレブ・要人のツイートをモーリー流に翻訳・解説する「Twittin’ English」。今回は1月19日、ニューヨークタイムズのツイート。



モーリー:

Riot police used water cannons, tear gas and rubber bullets on protesters in Beirut on Saturday, wounding scores of people and turning the city's commercial center into a battle zone

土曜日(1月18日)、ベイルートで機動隊がデモ隊に対し、放水銃や催涙ガス、ゴム弾を使用して多くの人々を負傷させ、市内の中心地を交戦地帯に変えた。

レバノンの首都ベイルートで機動隊とデモ隊が衝突した結果、多数の負傷者がでたということです。ゴーン被告の逃亡先として話題になったレバノン国内で、このようなことが起きていると知っていましたか?

ゴーン被告に関する記事の中に、シャンパングラスを片手にインタビューに応じたものがあります。実はそのポーズ自体が、レバノンが抱える諸事情の片鱗を物語っているといえます。

なぜかというと、中東に位置するレバノンで、イスラムの人はお酒を飲めないはずです。それなのに、ゴーン被告がシャンパンを飲んでいるのはなぜなのか?

今回はレバノンの歴史を振り返り、現在の政治的・経済的危機に至る大きなロードマップを解説します。

キリスト教とイスラム教 宗派による“三権分立”

レバノンの東には国土の大きなシリアとイラクがあり、その奥にはさらに大きなイランがあります。そして南には、「ユダヤ人国家」の理念に向かっているイスラエルがあり、レバノンとほぼ前後して建国されました。

20世紀に独立したレバノンの建国以降の歴史は結構クセがあって、これを理解するとレバノンで起きている混乱が理解できると思います。

レバノンはもともとフランス領で、その前はオスマントルコの支配下にありました。第1次世界大戦にオスマントルコが参戦して惨敗し、イギリスやフランスなどによって解体されました。その時、作られたレバノン地方をフランスが国として独立させました。

なぜフランスがレバノンを自らの属国のように作ったかというと、ここには中東全体の中でも珍しくカトリック系のキリスト教徒が多く住んでいたから。

「マロン派」と呼ばれるキリスト教徒を政治の支配的な地位に置くことで、現地の統治をフランスと宗教・文化を共有しているマロン派の人たちに任せようとしたのです。

フランスはレバノンをこのように統治していましたが、第2次大戦の終結後、世界中に植民地を多数持っていたフランスはレバノンを手放しました。

撤退時、各宗派が争わないよう安定性のあるモデルとして、宗派で三権分立を行いました。三権分立というと、立法・行政・司法の独立性のことをいいますが、それをキリスト教・イスラムスンニ派・イスラムシーア派の3つに分けることにしたのです。

そして、伝統的に大統領はキリスト教のマロン派。首相はスンニ派、国会の議長はシーア派です。

そして、国会は大統領を選出する権限を持つため、3つの大きな宗派が協力しないと国が成り立たない相互依存の仕組みを作りました。これがフランスの置き土産だったのです。

イスラエルの建国でムスリム人口が増加…レバノン内戦へ

この体制はしばらくの間、うまく機能していたのですが、イスラエルが建国されてしまった。「されてしまった」というのは、ここにいるパレスチナ人にとって、イスラエルの建国は災難だったからです。

自分の住んでいるエリアや家から追い出され、何十万人もの人がイスラエルからあちこちへ逃れます。レバノンにも多くの人が入ってきて、テント生活を送っていました。

レバノンは、パレスチナ人が入ってくるまでマロン派が約30%、イスラム教スンニ派が約20%、シーア派が約20%にその他キリスト教諸宗派という割合で、マジョリティーであることから、人々はマロン派が政治権力を持つことに納得していました。

ところが、ここにパレスチナ人が入ってくることで、急にムスリムの人口が多くなってしまった。

政治は民意を反映しなくなり、イスラエル支配下にあるパレスチナを解放することを目的とした組織「PLO」が結成されました。これは、イスラエルから見ればテロ組織。PLOはレバノンに拠点を置き、戦争を始めます。

これに危機を感じた一部のマロン派キリスト教徒たちは、イスラエルと結託して、国境にいるムスリムの武装組織を抑え込もうとしました。しかし、それが内戦に発展してしまったのです。すると、イランが「レバノンにいる同じシーア派の人たちを守れ」と資金と武器を送り、80年代にヒズボラ(イスラム教シーア派武装組織)が結成されました。

ヒズボラはレバノン内戦中にわじわと軍事的に力を増し、最後はレバノンの正規軍を上回るほどに。内戦が続く中では、下手をすればレバノンがヒズボラの国になってしまいます。脅威を感じたイスラエルは内乱に参戦し、レバノンを軍事的に支配しました。

その後、撤退しましたが、レバノンはボロボロに弱っていた。そこへ同じくシーア派のシリアが、「キリスト教徒とスンニ派からシーア派の住民を守る」として介入してきました。

その間にイランはイラン革命を起こしています。イランはシーア派のシリアと共通の宗派であり、レバノンのシーア派とも共通しています。そこでイランは、レバノン、シリアそしてイラクを経てイランに至るシーア派の三日月を長期戦で作ろうとしました。

新政権発足も影響力を持ち続けるヒズボラに国民は激怒

大きな流れの中でこのようなことが起きているうちに、産業などのあらゆる利権を宗派で奪い合い、エリート層が私腹を肥やし、最後には街のゴミも回収されなくなりました。このひどい状態が経済危機を生み、収拾がつかないうちにディアブ首相率いる新内閣が発足しました。

そうなると、議席の取り合いゲームになります。 イランの支援を受けた外国勢力であるヒズボラは、本来であればレバノン内にいてほしくないはずですが、支持層がいるということで今回、ヒズボラ出身者を閣僚に任命しています。

ヒズボラは、イスラエルにとってもアメリカにとってもテロリストです。IMF(国際通貨基金)やアメリカ系の金融機関は、テロリストがいる政府にお金を貸すことはできません。

現地の通貨は暴落中。ヒズボラに政治の一部を操られる民衆は激怒し、「宗派によって分断されるのはもううんざり。革命だ」と言っているのです。

このような状況下へゴーン被告が逃げてきて、豪邸でシャンパンを傾けながら日本のテレビ局の取材に意気揚々と答えている。

恐らくマロン派クリスチャンであるゴーン被告と繋がりのある富豪たちは、将来、ゴーン被告のコネクションで懐を潤せるのではないかとして、彼をかくまうでしょう。

ところが、一般の特に若い人たちは、「伝統的な宗派ごとの利権争いから外れた自分たちは民衆として差別されている」と考え、その象徴としてゴーン被告を見てしまうかもしれない。ゴーン被告の地位は確定していないと思います。

何より人々の怒りの矛先が向かっているのは、政治家でありながら地元のスーパーチェーンなどの企業を持っている層です。そこに石が投げられるなどの混乱が起きていて、国家としては当面、政治的にも経済的にも麻痺し続けるでしょう。

この背景に、絶えずイランとスンニ派を応援したいサウジの力や影響力が及んでいます。そのため、国際社会はこれを静観するのみというのが現状です。

(BSスカパー「水曜日のニュース・ロバートソン」 1/22 OA モーリーの『Twittin’ English』より)