瀬戸内海の「来島マーチス」で働く 初の女性運用管制官

瀬戸内海の燧灘(ひうちなだ)と安芸灘にまたがる来島海峡。
海峡を一望する小高い山に、その施設はある。

海上保安庁の“来島海峡海上交通センター”、通称「来島マーチス」。

海上保安庁では、海上交通が集中する来島海峡をはじめ、東京湾や伊勢湾など7カ所に、このようなセンターを設置している。
行きかう船舶が安全に航行するための情報提供や交通整理に、24時間体制であたっている。

このセンターで船舶の管制にあたっているのが、「運用管制官」。
2019年4月、センターに赴任した市川寛菜さん(25)も、その一人。
来島マーチスでは初めてとなる、女性の運用管制官。

市川寛菜運用管制官付:
1日仕事をして、危険な状況や海難が起きなかった時に、「きょうは何もなくてよかった」と、やりがいは感じます

交通から物流まで守る! 管制官の1日の仕事とは?

この日の市川さんは日中の勤務。
前夜まで担当していた管制官からの引き継ぎを受けると、さっそく仕事が始まる。

市川寛菜運用管制官付:
通報してきた船に対して、現在の潮の流れと速さ、きょうは漁船や小型船がたくさん出ているので、操業状況を情報提供していきます

市川寛菜運用管制官付:
こちら来島マーチス、感度良好です、おはようございます。どうぞ

船長:
おはようございます。お世話になります

市川寛菜運用管制官付:
情報です。現在、来島海峡の潮流は南流5.6ノット弱くなります。
左側航行で西水道です

市川さんら運用管制官は、レーダーなどを見ながら、海峡を行きかう船に直接、無線で情報提供をする。

来島海峡海上交通センター 運用管制課・大野豊茂統括運用管制官:
基本的には船長が判断するが、判断の材料を運用管制官が与える。ある程度予測を立てて、危険を察知する

万が一、衝突などの海難事故が起きれば、人命はもちろん、瀬戸内海全体の交通、さらには日本の物流と、さまざまな影響を及ぼす可能性がある。

市川寛菜運用管制官付:
決まりは守ってもらえるように意識して見ているのと、船舶同士が接近しないように、安全に航路を抜けて目的地まで行ってもらえるように、海峡だけじゃなくて、広い目でレーダーの範囲を見るようにしています

“心強い仲間”唯一の女性同期とランチで笑顔

ここで突然ですが市川さんのお昼ごはんを拝見。

市川寛菜運用管制官付:
恥ずかしい...(自分で)作りました

手作りというお弁当のおかずは、鶏肉に卵焼きにホウレンソウ。
栄養のバランスもよさそう。

市川寛菜運用管制官付:
(料理は)得意じゃないですけど、食費を抑えようと。節約で作っています

この日のランチは、海上保安学校時代の同期・新谷彩水さんと一緒。

新谷彩水さん:
わたしは管理係で、総務とかをするような仕事

市川寛菜運用管制官付:
(新谷さんが)2018年11月に赴任して、わたしが2019年4月に赴任

実は、来島マーチスにいる女性職員は、市川さんと新谷さんの2人だけ。
同期ということで、心強い仲間。

新谷彩水さん:
(取材で)緊張しとる?

市川寛菜運用管制官付:
緊張するよ!

新谷彩水さん:
でも、いつもの寛菜やけん、よかった

“海の難所”来島海峡 「世界で唯一」の交通ルール

国内でも屈指の海の難所と言われる来島海峡。
実は、世界でもここだけ! という、船の交通ルールがある。

運用管制課・大野豊茂統括運用管制官:
「順中逆西(じゅんちゅうぎゃくせい)」ですね。潮の流れによって船の走り方が変わる

来島海峡は、馬島(うましま)を挟んで西水道と中水道に分かれている。
「船は右側通行」というのが世界共通の船の交通ルールだが、潮の流れが速く、幅も狭い来島海峡、事故防止が何よりも最優先。
そこで、潮の流れに乗って進む時は中水道を航行。
これは交通ルールの通り、右側通行になる。
しかし、船の進行方向が潮の流れに逆らう時は、西水道を航行する決まりに。
つまり、左側通行になる。

潮の流れは、約6時間おきに変わり、そのたびに航路が入れ替わる。
そのため、情報提供や指示のタイミングを誤ると、事故の危険性が高まる。
それだけに、来島海峡では管制官の役割も大きい。

船長:
KURUSHIMA MARTIS、KURUSHIMA MARTIS

潮の流れが変わる3分前。
安芸灘方面から来島海峡に入る外国のコンテナ船が呼びかけてきた。

市川寛菜運用管制官付:
(訳)まもなく潮流が北向きに変わるので、そのまま右側で西水道を航行してください

外国船とのやりとりは、すべて英語。
切ろうとした、その時...!

船長:
KURUSHIMA MARTIS、KURUSHIMA MARTIS

コンテナ船が、前方を航行する船の航路を確認してきた。

市川寛菜運用管制官付:
あ!
(訳)前方の船は、来島海峡航路の西水道に入ります

市川さん、あわてることなく正確な情報を伝えた。

市川寛菜運用管制官付:
顔が見えないからこそ、相手に伝える状況をいかにわかりやすく、声だけで伝えるか。大変だけど、うまくいった時は良かったなと思う

1998年に開設された来島マーチス。
それまで来島海峡では、衝突や乗り揚げなどの事故が年間平均11件あったが、開設以降、大幅に減った。

市川寛菜運用管制官付:
いつかは、「市川に任せておけば大丈夫」と思ってもらえるようになりたい

頻繁に行きかう船の安全は、市川さんたち、来島マーチスの運用管制官たちによって、今この瞬間も支えられている。

(テレビ愛媛)