大災害から25年…変わらぬ家族の姿を取材

6434人の命が失われた、1995年1月17日の阪神・淡路大震災から25年。

あの日、家族を亡くし、ひとりだけ奇跡的に救出された当時2歳だった男性がいる。残されたホームビデオで初めて母親の声を聞いたという男性を25年間支えたものとは、一体何だったのか。

湯口礼(あきら)さん、27歳。震災が起きたのは、礼さんがわずか2歳の時だった。

湯口礼さん:
これだけ人がいて、やっぱり忘れられてないんやな、というのは実感しましたね。

震災の前に撮られたホームビデオに映る、母の典子さんや兄の怜(さとる)さん。礼さんに家族の記憶はほとんどないという。

阪神・淡路大震災で奪われた礼さんの両親と兄の命。そんな礼さんの親代わりとなったのは、祖父と祖母だった。

礼さんの祖父・克己さん:
(父が)命にかえて助けてくれた。抱え込んでいた。「見守ってやってな、一人前に育てるからな」と。

台所に立ち、調理を手伝っていた当時12歳の礼さん。

礼さん(当時12歳):
もういい、飽きた。

礼さんの祖母・幸子さん:
中途半端。すると言ったら、ちゃんとしなさいよ。

礼さん(当時12歳):
おもしろなかった。

礼さんの祖母・幸子さん:
どうしても「おばあちゃん」が抜けへんもんね。やっぱり甘くなるんやね。

「ケンカもするけど優しい、すごい親」

礼さんの祖父母にとって、還暦を過ぎてからの“2度目の子育て”。
2013年、礼さんが大人になり仕事に就いてからも、2人は温かく見守ってきた。

湯口礼さん:
多分僕が一番わがままやったと思うんですよ、あのへんで。それでもちゃんと聞いてくれて、たまには怒ったりケンカしたりするんですけど、やっぱり優しくて…すごい親やなと思います。

礼さんの祖母・幸子さん:
どの子も我が子、かわいい。なんぼ腹立つようなことしても。幸せな子育て。

震災から25年、礼さんの祖父は86歳、祖母は87歳になった。

未曽有の大災害を越え、ずっと一緒の家族の姿がそこにあった。

(「Live News it!」1月17日放送分より)