安らぐ音色の自転車のベル

お盆に集まった親戚一同で先祖供養する機会もあると思うが、読経の時に“チーン!”と音を立てて鳴らすのが「おりん」である。私たちが仏壇に手を合わせる際、おなじみのものだ。
 

おりんを鳴らす様子
おりんを鳴らす様子
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そんな安らぐ音色をうみだす おりんを使った自転車のベルが作られていることをご存じだろうか。しかも、おりん職人の手によって作られている本格的なものだ。

実際にそのベルの音を鳴らした動画がこちら!
 

動画提供:アイズバイシクル(京都府京都市)

動画では、黒色のハンマーがベルに当たるや、おなじみの音が周囲に響き渡る。音の伸びもよく、猛暑の夏も一瞬涼しくしてくれるような、澄みきって心地よい音色だ。

この“高音質”の「白井ベル」を制作したのは、「りんよ工房」(京都市)の鳴金物職人・白井克明さん。りんよ工房は江戸後期の創業以来、独自技法を継承し、音に深くこだわったおりんを作る工房で、白井さんは2012年からこのベルを半年かけて開発し、フランスのパリで行われたヴィンテージ自転車のイベント「Ride Beret Baguette 2013」でお披露目した。

もちろん素材にもこだわっていて、奈良時代から正倉院の宝物として扱われてきた金属「砂張」を用いているとのことで、職人の魂が込められた作品だ。
気になる価格は3万円と5万円の二つの種類があるが、彫金と着色で別途費用がかかる。


芸術品とも言えそうな「白井ベル」だが、自転車のベルにおりんの技術がどう活用されているのか?そして、そもそも、なぜ畑違いの分野に挑戦することになったのか? 白井さんに詳しく話を聞いてみた。
 

1つ作るのに2~3カ月ほどかかる

ーーまず「白井ベル」を制作するに至った経緯は?

2011年の夏、祇園祭で使う「菊水鉾」(きくすいほこ)復元のための金属分析を行った時、京都市産業技術研究所金属分析チームの門野純一郎さんと出会ったのがきっかけです。自転車好きの門野さんから「おりんで自転車のベルができませんか」と尋ねられました。

そこで門野さんの技術支援のもと、2012年12月から2013年6月にかけて試作を完成させ、直後の「Ride Beret Baguette」にて発表いたしました。
 

ーー仏具のおりんと自転車のベルの一番の違いはどこにある?

形ですね。ベルに関していうと、お坊さんがお墓参りの際に持ち歩く引金(携帯用のおりんのこと)の最も小さいものがベースになっています。もちろん用途も異なります。
 

ーー屋外だと風雨でのさびや割れが気になるが大丈夫?

鉄ではなく、青銅に近い金属配合ですので、さびることなく銅像のように変色します。
ただ、強い衝撃で割れますので、転倒などには十分注意が必要です。
バイクに取り付けて、屋外でも使用しておりますが、今のところ大きな支障はありません。
 

ーー「白井ベル」を一つ作るのにどのくらいの時間がかかる?

現状ですと、おりんを製作する合間や休日を利用しております。留め金部分はジュエリー同等の仕上げを施しており、1つの制作で2~3カ月ほどになります。
 

高価だが、目に見えない技術の結晶が詰め込まれている

ーー3万円と5万円のベルは、外見以外に違っている部分はある?

3万円のものはベルとその内側の柱をネジで上から固定していますが、5万円のものはおりんと柱をつなげて鋳込み、別の細ネジ型になったもう一方の柱へ締め込む形となっています。

このようにネジの締め方が異なりますが、音とは非常に繊細なもので、この部分の違いひとつで全然違う音が響くわけです。
 

左がネジ固定型のベル(3万円)、右がフラット型のベル(5万円)
左がネジ固定型のベル(3万円)、右がフラット型のベル(5万円)

ーー通常の自転車のベルと比べると値段が高いかと思うが、技術的な部分から?

素材の部分もございますが、おっしゃるようにやはり技術的な部分が大きいです。おりんで聞き比べていただけたら分かるのですが、同じ形でも音色の響きが全く違います。

これは鋳型に用いる土の成分すら音に影響し、目に見えない技術の結晶が詰め込まれているからであって、「音が鳴る製品づくり」というものは、簡単にできるものではないのです。

創業以来、ずっと音を手がけてきた工房だからつくれるものであり、値段相応以上の手間がかかっておりますので、そこまで理解していただけるとうれしいです。
 

ーー伝統工芸の技術を自転車のベルに生かせたことについては?

華麗な装飾品に目を奪われる方は多くおられますが、伝統的で希少なこの音色を「白井ベル」を通してより多くの方々の耳に届け、もっともっと「音」に興味を持っていただけたらうれしいです。
 

 
 

ーー現時点での販売状況を教えて。どんな人たちが主な購入層?

ひとつは、元々私たちのおりん(音)のファンだった方々です。あとは自転車に並々ならぬこだわりを持っており、ベルに不満があった方。「これは美術品だ」と感じていただけた方もおられました。

リピーターになられ、いくつも買われる方も割合的には少なくありません
 

ーー購入者からはどんな声を?

届いてくるのは喜びの声ばかりですね。今のところは否定的な意見はいただいておりません。
 

仏具のおりんの売り上げは落ち込み傾向

ーー鳴金物職人自体は減ってきている?

鳴金物でいいますと、需要の減少や跡取り問題などの問題もあり、最近は廃業のお話もよく聞きます。職の多様化、仕事のあり方の変化もあり、希望者は減っているのかも知れませんね。
 

ーーでは、仏具としてのおりんの売り上げは?

仏具業界が厳しい時代になってきておりますので、売り上げ自体は落ち込み傾向です。需要が減り、購入される商品も職人の高い技術力で作られる伝統的な商品より、量産されたデザイン性に優れた商品を選ばれるお客様が増えております。

ただ今回のようにメディアで取り上げていただくことによって、直接工房にお見えになるお客様も少なからずおられるので、「白井ベル」による宣伝効果はあるのかなと感じております。
 

ーー「仏具以外のものを作って」という相談はよくある?

今まではあまり乗り気ではなかったのですが、白井ベル発表以降そのようなお話は、ちらほらいただけるようになり、できる限り協力させていただいております。

例としては、有名リゾート旅館における夏のイベントの「風鈴」、老舗お香店の「仕掛け時計」などがございます。
 

ーー今回、ベルに活用したが、おりんの新たな使い方を模索していた?

常に頭の片隅にはあるのですが、職人特有の重い腰が上がらなかった。というのが一番近い表現かと思います。
 

ーーそれでは、こうしたベルには結構な需要が見込めそう?

結構な需要、はないと思います。結局のところ、おりんが本業であり、ベルの需要が伸びたところで、それで商売できるとは思っておりません。

また、ベルは手間の塊ですので、注文が増えてしまうと対応できないため、コツコツ作れるぐらいが望ましいです。
 

フランスの自転車マニアの中では知られるようになった

ーー「白井ベル」をフランスで紹介する機会があったと聞いた。どんな経緯?

2012年の5月、京都市産業技術研究所の事業で、フランス・パリのアクリマタシオン公園で行われた日本祭りに参加しました。

その時の通訳の方(パリ在住の日本人)に「白井ベル」の話をしたところ、ヴィンテージ自転車を買い付けて、日本で販売されている方を紹介していただき、その方にいろいろアドバイスを受けたり、紹介いただいた有名な自転車屋さんとの交流の中から、「フランスで発表しましょう」となりました。
 

ーー海外の人の声や評価を聞かせて?

非常に高い評価を受け、美術館に展示されるような希少な自転車に取り付けていただきました。その結果、フランスの自転車マニアの中では名前が知られるようになりました。ただ、「とても欲しいのだが、フランス人では手の出ない価格」とのことです。
 

ーー最後に、「白井ベル」を付けた自転車に乗る人にメッセージを。

「ほんとうに満足いただけているのだろうか」という不安は常に持っておりますが、「白井ベル」を付けることでその方のサイクリングや自転車との日々がより心弾むものであってほしいと願っております。

「白井ベル」が付いたご自慢の自転車にまたがって、工房を訪れていただける日を楽しみにお待ちしております。

 

今回の取材で、「白井ベル」もそうだが、本職の「おりん」も妥協なきこだわりによって作られていることがよくわかった。
仏具業界が厳しい時代というのは世の流れかもしれないが、こうした職人の伝統技術は日本の誇るべき宝であり、こういった形であっても脚光を浴びることは大事なことなのかもしれない。

 

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。