東京五輪のテストイベントでまさかの事態

2020年東京オリンピック・パラリンピックも開催まで1年を切り、各地で実施競技のテストイベントが行われている。本大会を成功に導くための試みだが、2019年8月15~18日、東京・お台場海浜公園で行われたトライアスロンの国際大会では、悩みの種となる出来事も起きた。

トライアスロンのイメージ
トライアスロンのイメージ
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ITU(国際トライアスロン連合)が16日午後に行った水質検査で、ITUが定める基準の2倍を超える大腸菌が検出され、4段階の評価のうち、最も悪いとされる「レベル4」と判定されたのだ。
トライアスロンは水泳(スイム)、自転車(バイク)、長距離走(ラン)の3競技で行われるが、この影響で17日に予定していた「パラトライアスロンW杯」のスイムは中止となり、ランとバイクのみのデュアスロンとなった。

しかし、それから1日も経たずに付近の水質は改善。17日午後の検査では、最も良いとされる「レベル1」まで下がり、18日の「トライアスロン・世界混合リレーシリーズ大会」ではスイムも行われた。

なぜ水質が悪化し、そして2020年に向けてどのような対策を考えているのだろうか。
まずは、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(東京2020組織委員会)の担当者に伺った。

大雨の後には大腸菌が増加する

――大腸菌の数値はどれくらい上下した?

今回のパラトライアスロンW杯は、東京五輪のテストイベントとして行われましたが、水質検査はITUがITUの定める判断基準で実施しました。そのためサンプルなどが手元になく、具体的な数字はお出しすることができません。ただ、ITUは100ミリリットル以下に含まれる大腸菌が250個以内であることをスイムの実施基準としています。16日午後の検査では、この上限の2倍を超える数値が示されたとのことです。


――水質が急に悪化した、改善したのはなぜ?

競技会場付近の水質・水温調査はこれまでも行っていて、2018年の調査では、大雨が降った翌日や翌々日は、結果として大腸菌が増える傾向にありました。今回のパラトライアスロンW杯でも、開催前に台風による大雨に見舞われたので、この影響で水質が悪化したと考えられます。17日に水質が改善したことについては、晴天が続いたことで菌類が少なくなったと認識しています。


水中スクリーンのイメージ。左が3重、右が1重となる(提供:東京2020組織委員会)
水中スクリーンのイメージ。左が3重、右が1重となる(提供:東京2020組織委員会)

――水質の改善・保全に向けてどんな取り組みを行っている?

水の流れを遮ることで、大腸菌群の抑制が見込める「水中スクリーン」という装置をビーチと水域外の間に設置する予定です。大きさは長さ約20メートル、深さ3メートルで、水上にフロートを浮かせて海中にスクリーンを張る仕組みとなっています。

水中スクリーンには、1重と3重のタイプがあり、水質への影響を確認するために、パラトライアスロンW杯では1重のタイプを設置していました。2020年の本大会では、水質の改善をより確実なものとするために、3重のタイプを展開する予定です。


――2020年の本大会でデュアスロンとなる可能性はある?

トライアスロンを前提に考えていますが、やはり水質によります。我々はできることをやるしかないので、水質を良い状態に保つことを第一に考え、2020年はしっかり競技ができるよう、水中スクリーンの3重展開を検討していきます。


2018年の調査でも水中スクリーンの効果はあった

調査結果の一部抜粋。大雨が降った7月28日以降に大腸菌の値が急増した(提供:東京2020組織委員会)
調査結果の一部抜粋。大雨が降った7月28日以降に大腸菌の値が急増した(提供:東京2020組織委員会)

大会組織委の担当者によると、水質が悪化したのは大雨の影響で、水中スクリーンを張ることで大腸菌群は抑制できるという。
2018年7月24日~8月9日にお台場海浜公園で行われた水質調査の結果によると、100ミリリットルに含まれる大腸菌の数は、晴天や曇りだと十数個程度だったが、7月28日に大雨が降ると、29日は数万単位、30日は数千単位に急増。そうした状況においても、水中スクリーンを展開した場所はそれ以外のところと比べて、水質が良い傾向にあった。

それでは、大腸菌が短期間で増減するメカニズムや水質に与える影響はどうなっているのだろうか。
環境における水や微生物の研究者である、大阪教育大学の広谷博史教授にも伺った。

雨風で水中の汚泥が舞い上がる

――大腸菌の数が短期間で乱高下することはあるの?

一般論となりますが、何らかの要因できれいな水に汚い水が混ざったりすると急に増えることはあります。今回のケースは、大会前に大雨が降ったとのことですが、雨が降ったり風が吹いたりすると、水中に沈降していた汚泥が舞い上がり、その粒子に吸着されていた大腸菌が広がることはあります。また、今回の件と関係はないかもしれませんが、大雨で下水処理場のキャパシティーがオーバーすると、下水が処理しないまま放流されてしまうこともあります。

水質が短期間で改善することもありますが、晴天や紫外線の影響で浄化されるというよりは、汚泥が舞い上がった際に増えた分が沈降して、元に戻るようなケースが一般的です。


――大腸菌が多い水で泳ぐと、身体的にはどんな影響がある?

医者ではないので正式なことは言えませんが、大腸菌そのものが悪さをするというよりは、大腸菌が多いと悪いものが潜んでいるかもしれないと考えるべきでしょう。大腸菌の数値が少ない水にもリスクはあり、数値が多いとリスクが増えます。例えば、お腹を壊す可能性もありますし、夏場なら、ノロウイルスなどが流行することも考えられるでしょう。


――東京五輪の組織委員会が行う、水中スクリーンはどう思う?

現場を見ていないので判断が難しいです。競技会場は湾のような状態とのことなので、きれいでない水が湾の外から流入してくるのであれば、効果があると思います。また、水は温度差があると混ざりにくい性質を持っているのですが、夏場は水の層も上下で温度差があるので、下部に沈殿している水と上部の水が混ざりにくい状況にはあると思います。


――水質を改善するためにはどうすれば良い?

こちらも一般論ですが、水質を改善したいなら、きれいな水を投入して薄めたり、ろ過して浄化するなどの方法があります。平常時には安全基準を満たしているのであれば、流れを制御して汚い水が混ざらないような方策が考えられるでしょう。雨天時に悪化するなど、原因が特定できているとのことなので、その対策を取れれば一番だと思います。


海中スクリーンの様子
海中スクリーンの様子

公益社団法人・日本トライアスロン連合は、今回の件について「五輪招致の段階から、東京都はお台場で(トライアスロンを)やりたい意向を示していたので、選手に安全な環境を用意していただけると信じている。気温や台風など、自然を相手とした対策は私たちも考えているので、水質さえ改善していただければ」と話している。

天候に左右されるという部分に不安は残るが、水中スクリーンなどの対策で、東京五輪に向けてトレーニングを重ねている選手のためにも、ベストパフォーマンスを発揮できる舞台を是非提供してもらいたい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。