名古屋市北区に、病みつきになる薬膳ラーメンがあります。一度は閉店した人気店を復活させたのは、なんと常連客。自宅のガレージに厨房まで作って修業した、その情熱に迫りました。
■病みつきになる薬膳ラーメン
名古屋市北区にある「招福軒」。看板メニューは、名古屋発祥の「好来系」と呼ばれるラーメンです。メンマにチャーシュー、ネギと具材はシンプル。そこになみなみ注がれた、特製スープが特徴です。

スープがたっぷりの「松」(1100円)に加え、特製の返しで炒めたメンマがたっぷりの「竹」(1400円)。「寿」(1300円)は、チャーシューが多めです。
客:
「あっさりしていますが、病みつきになる味です」
別の客:
「疲れていても食べられる味です」

鶏ガラをベースに、魚介や玉ねぎなどの根菜類。さらに漢方にも使われる食材を加え、6時間ほどかけて炊き上げる、店自慢の薬膳スープが味の決め手です。
4種類のしょうゆをブレンドした「かえし」に、このスープを加えて仕上げます。そして、小麦の香りが強い特注の中太麺を大きな鍋でゆで、湯切り。50秒にも及ぶ「ロング湯切り」も店の名物です。
「招福軒」は、15歳で有名店に弟子入りした松浦善広さん(63)が、1985年に名古屋市西区で創業。地域で長く愛される人気店でした。

松浦さん:
「店を続けたい気持ちはあったけど、病気をしてしまったので」
松浦さんが体調を崩したことから、店は2019年に閉店。常連客から惜しむ声が止みませんでした。
■人気店を復活させた常連客は競輪選手
そんな中、立ち上がったのが、常連客だった山本晋平さん(47)です。

山本さん:
「こんなにおいしいラーメン食べたことがありませんでした。週3回ほど来ていました。店が閉まって楽しみがなくなって、魂が抜けてしまいました」
足繁く通っていた山本さんが今、「招福軒」の厨房に立ち、ラーメンを振る舞っています。
愛知県一宮市生まれの山本さんは、1999年のプロデビューから20年以上現役の競輪選手として活躍していました。生涯獲得賞金は、2億5000万円以上。
山本さん:
「競輪は、北は北海道・函館から南は九州・熊本まであり、全国のラーメンを食べました。でも、先代のスープによりおいしいスープはない。もう1回だけ食べたいと思いました。」

もう一度あの味を食べたいと、なんと山本さんは、自宅のガレージに店の厨房を再現したのです。
山本さん:
「もともとオール電化だったんですけど、プロパンガスを引きました。先代に『厨房を作ったから炊いて』と。先代は、まさか自宅に厨房を作るとは思わなかったみたいで」
「最後にもう一度、あのラーメンを食べたい」という思いから厨房を再現した山本さん。山本さんのサプライズに驚いた松浦さんは、彼なら店を継いでくれるかもしれない。「本気なら教えてやろう」と思ったといいます。それから、ガレージは2人の修行の場になりました。
山本さん:
「お休みのほとんどをラーメンに費やしました。数え切れないほど炊きました。教わった通りに炊くんですけど…。師匠が炊くと、1発でこのスープを炊いちゃう。師匠は、やはりすげえなと」

競輪選手とラーメン修行。2足のわらじを履くこと3年。そして、師匠からゴーサインが出たことをきっかけに、山本さんは競輪選手を引退。3年前、名古屋市北区で「招福軒」を復活させました。
客:
「ずっと復活を待っていました」
別の客:
「ここはもう僕の聖地なんで」
山本さん:
「復活したときには、スープを飲んで泣くお客さんもいました」
そして、松浦さんも今では店に立てるまでに回復。毎日、山本さんが送り迎えしながら、2人で店を切り盛りしています。

松浦さん:
「山本さんは、感情豊かな子どもみたいな大人。うれしかったよ」
山本さん:
「迷いは全く無かったです。お客さんには、おいしいラーメンを食べて、幸せな気分になってほしいです」
店主と常連客の不思議な縁から復活を果たした名物ラーメン。2人3脚で、これからも極上の一杯を作り続けます。

