最近、移植医療の分野で、ある技術が注目されている。
それは、移植のために摘出した臓器に特殊な装置で保存液を灌流(かんりゅう)させる「マシン・パーフュージョン」というものだ。 ドナーから摘出した臓器をこの灌流装置で保存すると機能の維持や回復が期待できるというのだ。
臓器ごとに色々な装置が開発されており、移植先進国のアメリカや欧州では、すでに臨床現場で使用されている。
時間との闘いから解放、臓器も良い状態に
臓器は摘出した瞬間から、機能の劣化がはじまる。
そのため、心臓は4時間、肺は8時間、肝臓は12時間…など、臓器を摘出してから患者に移植し、血流を再開させるまでの許容時間が臓器ごとに決まっている。
クーラーボックスに入れた臓器を医師が足早に運ぶ映像をテレビで見たことがある人も多いだろう。公共交通機関では間に合わないとなると、緊急車両を使ったり、場合によってはチャーター機を飛ばすこともある。
実はこの搬送に伴う費用は、移植を受ける患者側の負担なのだ。
このタイムリミットゆえに、医療現場では、医師や看護師、スタッフが夜間休日問わず緊急対応をせざるを得ない。‟命のリレー“は、思いのほか重労働で、患者を救いたいという医師の熱意に支えられていると言っても過言ではない。
そこへ、2024年4月から医師の時間外労働の上限規制が適用され、常態化していた長時間労働にメスが入った。熱意だけでは乗り越えられない壁が移植医療をさらに難しくしている。
そもそも臓器移植はどのようなプロセスで実施されるのか
脳のすべての機能が失われる脳死という状態になった患者の家族が、移植以外では助からない人のために臓器提供を希望し、かつ本人が生前、拒否の意思を示していない場合、臓器移植のプロセスに進む。2回の脳死判定から臓器摘出、臓器搬送、移植手術と多くの人が関わる医療だ。

2025年の日本における臓器提供者数は146人。徐々に増えてはいるが、アメリカやスペインの約50分の1だ。
今年の脳死からの臓器提供者数は10月15日時点で125人。一方、国内で移植を希望し登録している患者は、1万7,362人いる。(日本臓器移植ネットワークのHPより)
“死のダブルスタンダード”
「脳死を人の死」とする多くの欧米諸国とは異なり、日本では心臓停止をもって死とする。しかし、臓器提供を前提とした場合に限り、脳死が人の死となる。(臓器の移植に関する法律第6条)このため、臓器提供を決断する家族が当人の死(脳死か心臓死か)を決めることになり、心理的負担が大きい。
これらの問題は、最初に紹介した「マシン・パーフュージョン(機械灌流保存技術)」が国内で実装されれば、解決につながる可能性が高いのだ。
まず、タイムリミットの問題。灌流装置で保存することで時間的猶予が生まれる。計画的に移植手術が実施できるので、医師の働き方改革にも寄与する。
また、灌流保存中に臓器の機能(Viability)を客観的に測定することで、より安全な移植手術が可能になるとのこと。基準に満たない臓器も場合によっては状態が改善され、提供可能な臓器の増加が見込める。
海外では心停止後の移植が急増中
そして、驚くべきことに海外では、これまで脳死下でしか提供ができなかった心臓、肺、肝臓などの臓器が、心停止後でも提供できるようになっているのだ。
世界に先駆け心停止後の心臓移植を行ったのはオーストラリアのセント・ビンセント病院で今から12年前の2014年のこと。その後、アメリカ、スペイン、イギリスの医療現場でも、この10年で機械灌流保存の導入が急速に進んでおり、2024年のデータでは、スペイン、イギリスではドナー全体の約半数が心停止後の提供、アメリカでも40%を超えている。
移植後の成績も良いという。
(IRODaT: The International Registry of Organ Donation and Transplantation2024)
ということは、もし日本でも心臓停止後の提供が可能になれば(今でも腎臓・膵臓・眼球は可能)、「2つの死」の問題も緩和されるかもしれない。
国内本格導入にむけた課題
臓器灌流を国内の医療現場で導入するための課題はなにか。
今年9月の日本移植学会総会では、このテーマが多く議論されていた。

まずは、コストの問題。灌流装置が高額である上、それを扱う専門的な人員も必要となる。
制度もまだ整備されていないので、包括的なガイドラインの策定や、倫理的な問題がないかなどの議論が必要だという。
経済的な視点では、保険適用になっていない上、診療報酬との兼ね合い、費用対効果をどう見るかなど、まだまだ本格導入には課題が多いようだ。
とはいえ、2026年、腎移植領域で機械灌流保存が保険適用となるなど、少しずつだが道は開けてきている。

来年は臓器移植法施行から30年を迎える。
移植医療の普及に向け、長年ボトルネックとなっている問題を解決できるかもしれない新技術に、今、大きな期待があつまっている。
【執筆:フジ・メディア・ホールディングス 総務局 CSR推進担当局長/日本循環器協会理事 木幡美子】

