アジア大会で金メダルを獲得した韓国のサッカー選手たちが、「兵役免除」の喜びを口にして批判を浴びた。国際大会での活躍を「国威発揚」として評価する兵役特例だが、世界的な人気を誇るBTSも入隊した今、その線引きに疑問が向けられている。兵力不足に加え、他人との待遇の差に不公平を感じる「相対的剥奪感」が、制度を揺さぶっている。
「軍隊行かない」発言の波紋
3日に開催されたアジア大会サッカーの決勝戦。
韓国代表チームは宿敵の日本を破り、4連覇を果たした。
祝賀ムードに湧く中、記者会見で選手らが口にしたのは「兵役免除」の喜びだった。
「軍隊には行きません」
「軍免除がモチベーションだった」
除隊の際に身に着ける兵役帽を被った笑顔の写真をSNSに投稿した選手もいた。
韓国ではスポーツや芸術の分野で国際的な大会で優秀な成績を収めた場合、特例として兵役が免除される。アジア大会の金メダルもその一つだ。

金メダル獲得よりも、兵役を免除された喜びが前面に出た――優勝の高揚感からか選手たちは相次いで本音を口にした。
だが、韓国の成人男子にとって兵役は憲法で定められた義務であり、大っぴらに兵役免除を喜ぶことはタブー中のタブーと言える。
快挙を称える世論は瞬時に批判へと一転した。
選手たちは「兵役の義務を果たしている方々に申し訳ない」などと謝罪したが、批判は今も収まっていない。
国防省は「非常に遺憾に思う」とし、兵役特例制度を見直す方針を明らかにした。
今回のサッカー選手らの一連の言動は、兵役特例廃止の議論に拍車をかける見通しだ。
ただ、選手の発言への反感と、特例制度の妥当性は分けて考える必要がある。
兵役を担う一般の若者に対し、なぜ一部の選手に特例が認められるのかを説明できるかが問われている。
変わる「国威発揚」の意味
韓国では、スポーツや芸術の分野で所定の成績を収めると、軍での通常の服務に代わり、「芸術・体育要員」として活動する特例が認められる。
アジア大会の金メダルも対象の一つだ。

「兵役免除」と呼ばれることが多いが、兵役義務そのものがなくなるわけではない。
特例の対象者にも軍事教育が課され、当該分野で34か月間服務し、その間に計544時間の特技を生かした公益活動を行う義務がある。
これまでに兵役特例を受けたのは1,999人。今回のアジア大会で57人が追加された。制度が始まった1973年当時、国際大会での活躍は、韓国の存在を世界に示す重要な機会だった。
しかし、今や韓国の存在感を高める担い手は、スポーツやクラシック音楽だけではない。K-POPや映画などにも広がった。
国への貢献の形が変わる中、従来の大会成績を基準とする特例は、今も社会の納得を得られるのか。
「BTSも軍隊に行ったのに…」「今どきスポーツで国威発揚なんて、いつの時代?」
SNSにはこうした書き込みが相次いだ。
アメリカで最も権威ある音楽チャート・ビルボードを席巻し、K-POP人気を世界に広めたBTSとアジア大会の金メダル。
アジア大会の金メダルは特例の対象になる一方、世界的な大衆文化の成功は対象にならない。その線引きに、納得できる理由があるのかという問題だ。
韓国では「相対的剥奪感」という言葉がよく使われる。他人と自分を比べ、自分は得られなかったものを他人が得ていると感じた時に芽生える羨望や不満・憤りが込められている。
他人との比較を通じて、自分が不当に不利な立場に置かれていると感じる気持ちが生じる。SNSの普及は、他人との待遇や生活の差を目にする機会を増やし、こうした感覚を強めている。
特に若者世代は「相対的剥奪感」に敏感で、「公平性」を重視する傾向が強い。
兵役では、一般の若者も学業や就職、キャリア形成の中断を余儀なくされる。
選手の競技人生は守られるのに、自分の将来のための時間は守られていない――。
特例への反発には、兵役によって負担する時間や機会が、公平に扱われているのかという問いがある。
兵役特例は誰のため?
兵役免除の特例を見直す背景には、深刻な兵力不足の問題もある。
出生率の低下で韓国軍の兵力は45万人に減少し、現在の傾向が続けば2030年代には30万人台まで減少する見通しだ。このままでは必要な兵力を維持できなくなる恐れがある。
人員確保の効果に加え、負担が公平に分かち合われているという徴兵制への信頼を保つことも、見直しの重要な論点となる。
兵役特例をめぐっては、政治の場でも縮小・廃止に向けた議論が進んでいる。ただ、廃止の時期や、それまでの制度のあり方については結論が出ていない。
兵役の公平性をめぐる議論は、スポーツや芸術分野にとどまらない。男性に負担が集中することへの不満は、女性徴兵を求める声にもつながっている。
特例の対象や性別という異なる問題に共通するのは、誰が、どのような理由で、どれだけの負担を引き受けるのかという疑問だ。

国際大会での活躍が国民の誇りになることと、その功績を兵役特例で報いることは、同じではない。
「自分は兵役に行くのに、なぜ他の誰かが特例を得るのか?」
こうした比較から生まれる相対的剝奪感は、もはや国威発揚だけを理由に個人の負担の差を納得してもらえないことを示している。
国防力を維持しながら、兵役を担う若者の納得をどう得るのか。
特例見直しの議論は、韓国社会が「国への貢献」と「個人の負担」の関係を捉え直す過程でもあると言えよう。
(フジテレビ客員解説委員、甲南女子大学教授 鴨下ひろみ)

