諸外国より死者数が少ない日本の現状をどう評価?

全世界に甚大な被害を及ぼしている現在のパンデミックで、米・英・仏・伊・西など諸外国に比べ、日本や韓国の死者数が圧倒的に少ないのは紛れもない事実である。

公衆衛生学が専門でWHO事務局長の上級顧問も務める渋谷健司教授(英・キングス・カレッジ・ロンドン)に最初に確認したかったのが、これをどう評価するかである。

回答はこのようなものであった。

渋谷健司教授
渋谷健司教授
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「検査数が違いすぎるので単純に死亡者数や死亡率の比較はできない。各国の感染フェーズが大きく異なる。医療制度・準備状況も異なる。日本ではこれから重症者や亡くなる人が増えてくるだろう安心するのは早いと思う。違いを生じさせる原因にBCG説があるのは知っているが、今のところエビデンスは無い」

実際、我が国における死者の数はじわじわと増え続けている。陽性と判定された患者に対する死者の割合もついこの間までは2%前後だったのが、今では3%に近づきつつある。

渋谷教授は続ける。「そもそも感染症で全体像を完全に把握するのは困難である(注)。何故かというと全員検査するわけにいかないからだ。もちろん死者は少ないにこしたことはない。国内のトレンドを見ることも大切だ。だが、このパンデミック初期の混乱の中で、数字の単純比較、特に国際比較に一喜一憂するのは余り意味がない」(注:末尾に補足説明あり)

確かに日本では検査数自体が圧倒的に少ない。しかも、無症状感染者は網に掛からない。単純な比較はできない。
 
そして渋谷教授は警告する。「日本の感染被害のピークはこれからやってくると考えるべきだろう」誰も信じたくはない。が、そう考えて備える必要があると理解しなければならない。

早期のワクチンと治療薬の開発は期待できる?

そこで、大いに期待が掛かるワクチンと治療薬の開発について尋ねてみた。

「ワクチンは時間がかかる。普通で5年から10年掛かるので、現在目標とされている18か月は非常に早い想定だと思う。ワクチンが出来て量産体制が整って、世界全体に遍く普及するのは、そのスケジュールでは難しいかもしれない。仮にアメリカや日本で今回の流行を抑え込めたとしても、人口の70%にワクチンを接種するか、自然感染で集団免疫ができなければ海外からまた戻ってくる。だから流行はまたやってくる。今回の新型に関しては、冬に向けて第二波が来てもっと酷くなるという見方も出ている世界全体で集団免疫が成立して安心できるのはだいぶ先になる」
 
ということはワクチンを待つより、皆がさっさと罹って集団免疫を成立させる方が早いということにもなる。スウェーデンの対処法はこの考え方に近いと言われる。

この方法に関して、教授は「それができれば良いのだが、怖いのはこのウイルスが爆発的に増えること。日本でやったらお年寄りを中心に恐らく合計何十万という死者が出てしまうだろう」と否定的である。
 
だから、世界各地で実施されているようにロックダウンが必要になるという。ロックダウンは都市や町を封鎖して感染爆発を防ぎ、医療体制を守るのが狙いである。 

教授は言う。「そう。ロックダウンをやって感染を抑え込めたら解除して、また検査と隔離を繰り返すということにならざるを得ないと思う。特に日本のICU・集中治療室のキャパシティーは脆弱なので爆発に耐えられない」

我が国の人口当たりの集中治療室のベッド数が先進国の中では際立って少ないのは既に良く知られている。

だが、治療薬には期待できるという。
 
「今は300以上の様々な治験が走っているが、一番良いのは抗ウイルス薬が見つかって、軽症のうちから飲んで重症化をできるだけ防ぐ、それによってICUへの負荷を減らし、重症化してしまった人の命を救うということ。治療薬に関して私はそんなに悲観的ではない効果のあるものは出てくると思う
 
まだ治験結果はまとまっていない。しかし、早期に発見して、早期に治療できれば、かなりの確率で重症化・死亡を防ぐことができるようになるという。

となると、益々早期診断が大切になるが、日本ではそれが遅々として進んでいない。これをどう評価するか?訊いてみた。

このウイルスの特徴を知れば知るほど検査をしないというチョイスは無い」という。

明治以来変わっていない日本の感染症対策

渋谷教授によれば、日本の感染症対策は明治以来変わっていないらしい。

日本では“帰国者・接触者外来”で検査し、水際対策をして症状のある患者の接触者を追えば国内での蔓延を防げるという伝統的な考え方のままということのようだ。クラスター潰しはまさにこの発想を具現したものとも言える。
 
「SARSのように症状が出た後に他人への感染力が強く、かつ致死率の高い感染症なら、このやり方で鎮圧できる。しかし、今回のコロナウイルスは感染力を持つ非常に多くの無症状者と軽症者がいて、潜伏期が長いという特徴がある。だから症状がある人だけ叩いても感染は制御できないのは当初から分かっている。それなのに水際とクラスター対策をやり続け検査を絞ったから、今のような経路を追えない市中感染と院内感染が拡がったのは当然の帰結と言える」と手厳しい。

そして、「一番まずいのは医療従事者への感染から医療崩壊が起きること。日本ではこれから感染者が急増し重症者が病院に押し寄せるし、医療従事者への感染も増えるので医療崩壊の危機に瀕していると思う」と警告する。
 
しかし、ここ数日、特に東京の新規感染者数は以前より減る傾向にあるようにも見える。

オープンにならない詳しいデータが対策のネック

だが、渋谷教授は「例えば、東京の陽性患者数は、その日に陽性と報告され集計された人数であって、いつ発症したのかという重要な情報は明らかになっていない。何月何日に症状が出た何人のうち何人が今日陽性と出ましたというデータではない。公表データでは、エピカーブと呼ばれる感染拡大の様子を示すグラフも書けない。これでは感染の正確な拡大状況は把握できない。国や感染症研究所は重症度も含めたもっと詳しいデータや分析結果を持っているはずだが、オープンとは言い難い」と即断や楽観を戒めた。 

話は少し逸れるが、クラスター班等が持っているデータやモデルが十分にオープンになっていないという点に関しては、日本国内の他の専門家も指摘している。
 
とすると、5月6日の緊急事態宣言解除は考えられないのか? 渋谷教授の回答は明快である。

ゴールデンウイーク明けの宣言解除などお話にならないと私は思っている。三密を避けるとか接触8割減とか言っているが、はっきりとロックダウンと言えば良いと思う。法律的には難しいと思うが、ロックダウンですよと言ってしまえば、満員電車での通勤やマスクを求めて行列するとか無くなるのではないか」

海外メディアの報道ぶりを見ていても同様だが、イギリス在住の教授の目にも日本の対応は甘く映るようだ。

「ロックダウンなんてどこの国もやりたくない。経済が厳しくなるのは分かっているから。でも、そうしないと止まらないからやるのです。」

人出の減った渋谷スクランブル交差点
人出の減った渋谷スクランブル交差点

一般国民はどうすれば良いかという点に関しては「基本は家に居ること」との回答であった。ステイ・ホームは世界共通である。
 
今ではもう相当数の人が今回のコロナ禍はちょっとやそっとでは終わらないと感じているはずである。ワクチンと自然感染によって人類が集団免疫を獲得し、抗インフルエンザ薬のような特効薬が遍く行き渡るまで何年掛かるのか、現時点では何とも言えない。それまで臥薪嘗胆するしかないと筆者は自らに言い聞かせている。そして、政府にはコロナ禍で生活が困窮している人達への手当を手遅れにならないようにしっかり実行してもらいたいと願うのである。
 
WHOや各国の対応、そしてオリンピックについても教授に尋ねた。その内容は続編でお伝えしたい。

【関連記事】来年の五輪開催は難しいと思うーWHO事務局長上級顧問の渋谷健司キングス・カレッジ教授の警告

*補足:渋谷教授によれば、例えばインフルエンザによる2次性肺炎やインフルエンザで増悪した心筋梗塞などで死亡すると、死因は細菌性肺炎や心筋梗塞と記載されるのが普通でインフルが原因とは記録されない。この為、公衆衛生的には、インフルによる死者数は超過死亡(インフルエンザの流行時に観察された死亡数と流行がない時の平均から予測された死亡数との差)から推計している。

【追記】
筆者の手違いで、当初、渋谷教授の肩書を誤って記載してしまいましたが、正しくはWHO事務局長の上級顧問も務める渋谷健司教授(英・キングス・カレッジ・ロンドン)です。お詫びして訂正します。

(フジテレビ報道局解説委員 二関吉郎)

二関吉郎
二関吉郎

生涯“一記者"がモットー
フジテレビ報道局解説委員。1989年ロンドン特派員としてベルリンの壁崩壊・湾岸戦争・ソビエト崩壊・中東和平合意等を取材。1999年ワシントン支局長として911テロ、アフガン戦争・イラク戦争に遭遇し取材にあたった。その後、フジテレビ報道局外信部長・社会部長などを歴任。東日本大震災では、取材部門を指揮した。 ヨーロッパ統括担当局長を経て現職。