特集は、週刊誌の表紙絵を描く画家です。長野県松川村の男性は「週刊新潮」の表紙絵を描いて、2025年で28年を迎えました。男性は今、78歳。生涯現役を目標に描き続けています。
■週刊新潮の表紙を毎回描く画家
100号キャンバスに描かれた大きな絵画。特徴的なデザインやタッチの作品が並んでいます。描いたのは、松川村の画家・成瀬政博さん(78)です。
成瀬政博さん(78):
「頭の中に何かイメージがあり描いているわけじゃない。描きながら絵になっていく」
安曇野市にある「画廊 Banana Moon」。4月4日から成瀬さんの個展「空気頭」が開かれています。
成瀬政博さん:
「『空気頭』というのは、ある作家の小説の題名なんですけど、絵ができあがって、自分の中に、こういう感覚があるんだろうなというのを表現することで、知るというか」
これまでさまざまな絵を描いてきた成瀬さん。実は、ある週刊誌の表紙も担当しています。
4月17日号の「週刊新潮」。(4月10日発売)
赤い服を着た人物が小舟をこいで、都市部へ向かう不思議な様子が描かれています。
週刊新潮の表紙を毎回描いているのが成瀬さんです。
成瀬さん:
「そのままの風景じゃなくて、そこに一つのファンタジーなり、現実離れを狙っている。現実そのものではないものを、この表紙には求められているから」
■アトリエは自宅の一室
アトリエは自宅の一室。
表紙絵は、あらかじめ構成を決めて描き出します。
下書きはせず、迷いなく絵筆を進めます。
成瀬さん:
「思いつきですね、あまり考えとらんね。絵としてのバランスなり、調和がとれたらいいかというところかね」
■美大の受験には失敗
成瀬さんは大阪府出身。4人きょうだいの末っ子として生まれました。幼いころから絵を描くことが好きで美術大学を目指しましたが、受験に失敗。大阪外国語大学(当時)に進学しました。
大学を出てからは家庭教師や新聞配達などで生活を送りましたが、父の勧めで裁判所の職員として働き始めます。
成瀬さん:
「裁判所で守衛をしてた父親が退職して、僕のそういう暮らしを見ていて、『給料は安いけど、仕事は楽だから本は読めるぞ』と、それに引かれて裁判所に入ったという感じ」
裁判所に勤めながら絵本や詩集なども出版していましたが、36歳の時、退職を決意。9年半勤めた裁判所を辞め、画家の道へ本格的に進むことにしたのです。
成瀬さん:
「何か表現したかったんでしょうね、絵であれ、文章であれ、その気持ちが高じて。何が自分に才能あるのだろうと、絵であればもしかしたらと思い、辞めて絵を描き出した」
■41歳で松川村へ移住
そして、41歳の時。友人に紹介された信州・安曇野の北アルプスの眺望に魅了され、成瀬さんは家族と共に松川村への移住を決めました。
成瀬さん(1998年取材):
「豊科インターから降りたらアルプスが開けて見えますね。そうすると生まれ育った土地ではないが、大きい自然に包まれて戻ってきたという、そういう気分になる。不思議ですね」
■赤い服の人物のモデルは中原中也
信州で活動してきた画家がなぜ週刊新潮の表紙を?
それは、成瀬さんが1992年に出版した画集、「BANANA MOON」がきっかけでした。
赤い服の人が椅子に座る1枚の絵が、週刊新潮の担当者の目に留まり、成瀬さんに表紙絵を依頼することにしたのです。
成瀬さん:
「椅子に座っている子が、そのまま椅子になってしまったという不思議さというか、ファンタジーというか、そういうことで描いたんやと思います」
画集の絵に登場する赤い服の人物は、週刊新潮の表紙絵にもよく描かれるモチーフです。
このモデルは、「サーカス」などの詩で知られる日本の近代詩人・中原中也だそうです。
成瀬さん:
「たまたま机の上にある中原中也の詩集の口絵写真で、マントを着て帽子をかぶる有名な写真ですけど、それを見てイラスト風に描いたのが始まりです」
■28年で1400点以上手掛ける
表紙絵は1997年4月から始め、2025年で丸28年。
成瀬さんは、表紙絵を描く上で意識していることがあります。
成瀬さん:
「こういうもん描くのは、秋やなという感じがするでしょ。季節感、それと色の変化。毎週、週刊誌が出るので、新しいのに変わったなという、そういうメリハリを求められますね」
■「自分には向いていない」
これまで実に1400点以上を手掛けてきた成瀬さんですが、制作に悩むこともありました。
成瀬さん:
「(表紙絵を)始めて4、5年たつころは、自分には向いてないなという気がして、やめたいと思ったこともあります。編集部が僕に求めている絵と、僕が描いている絵がずれがあったんでしょうね。言葉では理解しても、絵になってこなかったという時期があったと思います。だから、描き続けていることが、次の作品を生み出しているというか、そんな気がします」
■「今、一番幸せ」生涯現役が目標
画家の道に進み40年。成瀬さんは今、新たな心境にあるといいます。
成瀬さん:
「70代になってから、ほぼ毎日のように絵を描いているから、こんなこと今までなかった。自分の感情なり、絵画的感性の確認であり、それを探っているというところかな。今、一番幸せな時期だなと」
画家人生にも大きく影響を与えた表紙絵の仕事。
生涯現役で描き続けていくことが目標です。
成瀬政博さん(78):
「絵以上に集中、熱中できるものないよね。元気で頭がぼけなければ、最後まで描いていきたいなと思っています」