特集は、130年続く伝統のお菓子です。長野県諏訪市で江戸時代から続く店で販売されている「鳥ぱん」。地元で長く愛され、最近は県外からも客を呼んでいます。100年を超えて守り継がれ店はこれ一本で勝負という「鳥ぱん」の歴史、長く愛される理由を取材しました。


■一つ一つ…手作りの味わい 

手の平に乗る大きさの、鳥ぱん。「ぱん」と名前が付きますが、おまんじゅうです。

作っているのは、諏訪市で170年続く菓子店「丸平精良軒総本店」です。


5代目・河西邦彦さん:
「(一羽一羽違いますね?)色が若干違うでしょ」

父から菓子店を継ぎ、店舗となりの工場に55年間立ち続ける、5代目の河西邦彦さん(82)です。

5代目・河西邦彦さん:
「やはり手作りの方が味わいがあるなということで、かたくなに手で一つ一つ作っています」


■塩味がほどよく あずきあん

鳥ぱんの中に入る、あずきあん。塩味がほどよく効いた、店伝統の味です。

これを生地で包みます。河西さんが1つずつ鳥の形にしていきます。

5代目・河西邦彦さん:
「見よう見まねで。かわいい、本当に」

隣で作業をするのは妻・いづみさん(80)です。「鳥」の表面に手際よく黄身を塗り、オーブンで焼き上げると完成です。

この「鳥ぱん」の歴史はおよそ130年前にさかのぼります。


■“泣く子も黙る鳥ぱん”

安政2(1855)年に菓子の小売店として開業した「丸平精良軒総本店」。2025年、創業170年です。

明治3(1870)年、東京で修業しフランスから伝わるパンの製法を習得した2代目・河西治助が諏訪で初めて「パン」の製造を始めたといわれています。

明治20年(1887年)ごろ、あんぱんの上に小さなあんぱんを乗せ、鳥に似せた形で販売するようになりました。

5代目・河西邦彦さん:
「2代目のときは、普通のパンを鳥の形にして販売していたようです。子どもが泣いているときに渡して、“泣く子も黙る鳥ぱん”と言って販売していた」

■諏訪湖で羽を休めるカモの姿

そして、現在の鳥ぱんの形にしたのは、3代目の河西良助。

5代目・河西邦彦さん:
「3代目が本格的に和菓子を勉強して改良を重ねて、日夜、苦心して現在の形にしました」

明治40(1907)年ごろ、諏訪で見られるあるものをモチーフに、改良したのです。

5代目・河西邦彦さん:
「諏訪湖に飛来するカモを見て作り出したと」

「鳥ぱん」は諏訪湖で羽を休めるカモの姿。諏訪の銘菓として評判となり、大正期には当時の皇太子、のちの昭和天皇に献上されたこともあります。

■老舗の危機…「鳥ぱん」一本に

河西さんの父、4代目の博次さんは「鳥ぱん」を引き継いで駅前に出店。和菓子、洋菓子を扱う店として発展を遂げました。

55年前、20代で店を継いだ5代目の邦彦さんは、現在の場所に店を移し伝統を守ってきましたが。

5代目・河西邦彦さん:
「コロナが問題を起こしました。コロナのときに作っても売れなくて破棄する方が多かった」

江戸時代から続く老舗の危機。河西さんは大きな決断をしました。商品を「鳥ぱん」一本にしぼることにしたのです。

5代目・河西邦彦さん:
「その時だけ『鳥ぱん』は順調に売れて、『鳥ぱん』一本にしようと」


■全国から注目 

長く地元の人に愛されてきた「鳥ぱん」ですが、今、全国から注目されています。

きっかけの一つが、「諏訪市推せんみやげ品」に認定され、地域を代表する土産品としてお墨付きを得たこと。


そして、もう一つがインターネット。ホームページなどは展開していませんが、数年前、地図サービスの「口コミ」に情報を載せたことをきっかけに、全国から「鳥ぱん」を求めて客が来るようになったといいます。

福岡から客が。

福岡から(母親):
「グーグルマップで鳥の姿を見つけて、これは絶対行かないとと思って来ました」

試食も。

福岡から(子ども):
「甘さ控えめ、あんこがしっとりしていておいしいです」

福岡から(母親):
「塩味が効いていて香ばしい感じ、ピーナッツっぽい感じ」

■「かわいい」「懐かしい」

「鳥ぱん」は店舗以外でも販売されています。地元の野菜や名産品がそろう、茅野市の「たてしな自由農園」。

搬入する河西さんに声をかけるのは施設の会長、山本活夫(かつお)さん。河西さんと山本さんは15年前まで上諏訪駅前にあった、「まるみつ百貨店」に出店していたときからの縁です。

百貨店が閉店したあとも「鳥ぱん」が売れるように河西さんに声を掛け、新しい店のオープンとともにここで販売しています。

観光客が手に取る姿も。

神奈川から:
「鳥の形している、カモじゃない?」

女性客:
「めっちゃかわいい、見栄え最高」

茅野市から:
「子どもの頃から、もう何十年も前からあります。懐かしい感じがする」

■130年守り続けた味を

130年守り続けた味。

後継者は。

5代目・河西邦彦さん:
「子ども3人いるが、後を継いでくれということは一言も言っていない。残念ですけど、妻と2人で元気なうちは、やろうと言っている」

子どもたちに無理に後を継ぐようにとは言わない河西さん。周りの菓子店が後継者問題や売り上げの伸び悩みで店を閉めていく様子をみてきました。

5代目・河西邦彦さん:
「機械が壊れたら終わり、何か1つ欠けたら新しい機械を買って作ることは負担が大きい。先代、先々代が一生懸命にやってきたのをかたくなに5代目として守っているだけです。遠くから買いに来てくれて食べて(ほしい)」

長野放送
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