経済的・社会的に弱い立場におかれている人たちが、働いて収入を得ることで尊厳と自信を取り戻し、自立していく…昨今、環境や社会、人に配慮した、エシカル(ethical:倫理的)な経済活動が、SDGsとともに世界で注目されている。

今回、パキスタンで財団を設立し「エシカルビジネス」活動を続ける日本人女性と出会い、話を伺うことが出来た。

ミラクルズ財団を設立した高垣絵里(たかがき・えり)代表理事が最初にパキスタンに関わったのは、今から14年前、開発コンサルティング会社を起業した時からだ。以来、首都のイスラマバードに住みながら2012年に財団を設立し、女性たちが自分の力で生きるためのサポートを行っている。

高垣絵里氏と「サニーミラクルズ」スタッフ
高垣絵里氏と「サニーミラクルズ」スタッフ
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農業従事者の約7割が女性 地位の低さが社会問題に

主要産業が農業のパキスタンでは、農業従事者が全就業人口の約4割をしめる。そのうちの約7割が女性で、重要な担い手であるにも関わらず、なけなしの給料で働く女性は珍しくはない。むしろ、女性労働者に男性同様の賃金が支払われることはないのが現状だという。

「ジェンダー・ギャップ指数2023」によると、パキスタンは146カ国中142位で、社会問題の一つに女性の地位の低さが挙げられている。

高垣氏はパキスタンの女性が抱える問題に着目し、安全に、そして安心して働き、適正な収入が得られる農業プロジェクトの必要性を感じたという。

ミラクルズ財団 高垣絵里代表
ミラクルズ財団 高垣絵里代表

高垣絵里氏
季節労働者として働くパキスタンの女性たちは、満足な食事がとれない長時間労働の環境に置かれている現状がまだあります。「経済成長の原動力」として農業に携わっている彼女たちが、適切な収入を得る仕組みを作ることが大事だと考えました。また、女性の参加を阻む要因が少ないことを考慮し、野菜や果物を乾燥させ商品化する「サニーミラクルズ」を立ち上げました。実現までには多くの人のアイデアがつながって形となり、広がっています。

パキスタンで起きているフードロス問題

パキスタン北東部パンジャブ州のカネワルに、ミラクルズ財団が運営する食品工場がある。地元でとれた野菜や果物がここで加工、商品化されている。

パキスタンでは、暑い気候に適したニガウリやニンジン、ナスなど夏野菜が豊富にとれる他、果物は特にマンゴーの生産量が世界4位で有名だ。グアバも美味しい。その一方で、収穫した野菜や果物の5割近くが廃棄処分になっている現状があることに筆者は驚いた。 

国連環境計画によると、パキスタンでは、まだ食べられる食料が年間およそ1900万トン(年間食糧総生産量の約26%)も廃棄されている。日本の年間612万トンの3倍以上だ。

背景には市場に直接持ち込む食べ物以外を保管する施設や技術がなく、捨てるしかない事情があるのだという。物流コストをかけられない農家が多く、国内輸送網も発達していない。大変なフードロス問題が起きているのだ。

“乾燥”させて問題解決「サニーミラクルズ」

高垣氏は、野菜や果物を加工、乾燥させることで保存期間をのばし、国内輸送しやすくすることに成功。商品もプロジェクトと同じ「サニーミラクルズ」と名付けた。115台の乾燥棚(ソーラー・フード・ドライヤー)の周りを忙しく行き来する女性、約80人は全員パキスタンの女性だ。

乾燥棚に野菜を並べる女性スタッフ
乾燥棚に野菜を並べる女性スタッフ

乾燥野菜と果物を作る仕組みはシンプルだ。野菜や果物を洗ってスライスし、トレーに並べる。1つのトレーで10キロ分の野菜などを乾燥させることが出来るという。必要なエネルギーは太陽光だけだ。高垣氏ほかプロジェクトチームは、乾燥棚の材質をアルミ製にすることにこだわった。改良前はガッシリとした木製だったというが、女性が一人で運ぶには重すぎた。トレーの大きさ、そして軽さを追求し、女性の働きやすさに配慮した。

果物を乾燥させる女性スタッフ
果物を乾燥させる女性スタッフ

パキスタンで直面した壁とは…?

ミラクルズ財団は、スタッフ選定にあたり、次のような家庭事情を考慮してスカウトした。

・シングルマザーや未亡人である
・夫が病気などで働けず世帯所得が少ない
・子供が多く(特に女の子)教育費が払えない 生活費にも困っている

女性が働きに出ることについて理解を得ることに力を注いだ高垣氏らは、事前に活動の主旨をコミュニティーのリーダーに説明して回った。地元有力者や男性コミュニティーの手強さを上回ったのは、義理の母親も含まれる長老の女性たちの会だったという。

古くから守られてきた家族の形や価値観からパキスタンの女性を解き放つためには、丁寧に説明することから始めなければならなかった。さらに苦労したのは、衛生管理の研修トレーニングだったという。

高垣絵里氏
手を洗うところから一緒にやってみる必要がありました。石けんを使うことが生活習慣として定着していないんです。これまでの農作業で汚れた手や爪の中を洗うことがなぜ大事か、衛生習慣がこどもの健康を守ることにもつながることを説明し、写真資料を使いながら繰り返し指導しました

高垣氏が研修を行う様子(2015年)
高垣氏が研修を行う様子(2015年)

こうした衛生意識の他、包丁の扱い方、野菜などを丁寧に扱い同じ大きさに切ることが乾燥時間と仕上がりに影響してくるといった教育を実施、お互いに改善し合う点をグループで話し合う機会も設けた。

こうして、パキスタンの女性と太陽のパワーで栄養がぎゅっと詰まった、誰もが手に取りやすい商品「サニーミラクルズ」が完成した。

「サニーミラクルズ」の乾燥野菜商品
「サニーミラクルズ」の乾燥野菜商品

女性スタッフAさん:
私たちはこの仕事に就けて幸せです。私たちの他、農家も簡単に自分たちの農作物を保存することが出来るので有益だと思います。以前は、綿花畑の農薬などが原因で重度の喘息でした。お給料が薬に消える状況でしたが、今は心配がない作業で嬉しいです

インタビューに応じる喘息だった女性
インタビューに応じる喘息だった女性

女性スタッフBさん:
この仕事は1年を通して続けられます。貧しい人々が雇用を得ることが出来るんです

インタビューに応じる女性スタッフ
インタビューに応じる女性スタッフ

プロジェクトをきっかけに自立の喜びを感じながらフードロスなどの社会問題に貢献している女性たちの目は、使命感とやる気に満ちている。高垣氏は次のように振り返る。

高垣絵里氏
女性たちの表情が変わりました。彼女たちを取り巻く周囲との関係性も。家計の支え手となり、「後ろめたさを感じることなく家の外に出られるようになった」「励まし合う仲間に会えることが嬉しい」こうした喜びの声を聞くと、“働く”ことを通じて、目には見えない制約や障壁が取り除かれつつあることを実感します。

高垣氏のミラクルズ財団は、パキスタンのフードロス問題の一方で慢性的に続いている栄養失調問題の改善のため、「サニーミラクルズ」の活動を通して、小学生の食習慣を改善する活動にも力を入れている。

高垣絵里氏と筆者
高垣絵里氏と筆者

パキスタンには、貧しいがゆえに、まともな食事をとることが出来ない子供たちが沢山いる。慢性栄養失調による発育不全の指標をみると、パキスタンは南アジア諸国の中で最悪な状況とのこと。この実態には、世界最大の慈善基金団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」も注目している。ゲイツ財団はパキスタン政府、世界食糧計画、そしてミラクルズ財団などと連携し、栄養改善の重要課題に取り組んでいくという。近いうちに、「サニーミラクルズ」でお腹が満たされ、学校で元気に走り回るパキスタンの子供たちの笑顔を見ることができそうだ。

(執筆:フジテレビ国際取材部 工藤三千代)

工藤三千代
工藤三千代

フジテレビ国際取材部デスク。社会部、経済部、FCIロンドン支社赴任を経て2022年8月より現職。「社会保険労務士」の国家資格を持つ。<受賞歴>2002年、「C型肝炎取材班」として、『シリーズ検証 C型肝炎』の一連の放送で新聞協会賞 調査報道部門、米・ピーボディ賞など受賞。