金正恩氏のソフトイメージ戦略成功か

4月27日、南北首脳会談が板門店の韓国側で開催された。世界は生中継を通じて、金正恩委員長が冗談を口にしたり、時には真摯な表情で文在寅大統領の話に耳を傾けたり、と普段見られない光景を目の当たりにした。
わが国では北朝鮮側の言動を懐疑的に見ることがほとんどだが、多くの諸国に対しては金委員長のソフトイメージを植え付け、自らが対話可能な相手であるとの印象を与える戦略が功を奏したのではないか。2000年6月に開催された史上初の南北首脳会談を前後して、金正日国防委員長のイメージが大きく変化したのと似た状況だ。

朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は、2月頃から南北関係の改善を強く示唆してきた。首脳会談翌日の28日付の紙面には会談の様子が4ページにわたって多くの写真とともに報じられた。「全世界を大きな衝撃と熱狂、歓呼と驚嘆で沸かせた」と評価しながら会談の概要を伝え、両首脳間で署名された「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」も掲載されている。
文在寅大統領の任期は4年以上残っており、南北朝鮮関係は当面の間融和ムードが続くことになろう。

 
 
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南北和解は統一先送りへの道

「板門店宣言」の中身は、過去に南北間で合意された内容や従来の北朝鮮の主張がその多くを占めており、それほど新味は無い。「完全な非核化を通じて核なき朝鮮半島を実現する」ことが明示されたものの、それが具体的な計画として示され、履行されるかが問題である。踏み込んだ議論は米朝首脳会談に回し、今回はその前哨戦としての役割に徹したということだ。韓国がトランプ大統領に配慮したという側面もあろう。今回は南北の共同作業で世界に平和をアピールし、米朝会談に向けて弾みをつけた。

戦争が避けられることと、非核化を実現に近づける努力は大いに歓迎すべきであろう。
一方、韓国が北朝鮮の現体制を認め、平和と引き換えに朝鮮半島分断の固定化が進むことに合意したという側面についてはもっと注目されるべきではないか。過去もそうであったように、南北和解とは実質的な統一の先送りである。
 

金正恩氏の狙いは“現体制維持で経済建設”

 
 

米朝首脳会談が開催され、懸案の非核化で進展があれば、それも分断固定化を進める効果を持つ。予断を許さないが、もし北朝鮮が多大な時間とコストをかけてきた核兵器を手放すという決断をした場合には、それに見合う形で米国が体制の安全の保証を与えるということになる。米朝国交正常化などが安全装置の一部になるが、それは米国も北朝鮮の現体制を認めるということを意味する。今年の『労働新聞』では、「社会主義」の堅持を主張したり、体制引き締めを強調したりする論調がいつになく目立つ。
金正恩委員長が狙っているのは、現体制を維持したまま経済建設を進めることだ。

(慶応義塾大学准教授 礒﨑 敦仁)

 

礒﨑敦仁
礒﨑敦仁

慶應義塾大学法学部教授。専門は北朝鮮政治。
1975年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本大使館専門調査員、米国・ジョージワシントン大学客員研究員などを歴任。