大相撲秋場所は21歳 熱海富士が快進撃を見せたが、惜しくも優勝を逃した。気は優しくて力持ちの熱海富士は、2021年7月に土石流に襲われ28人が犠牲になった静岡県熱海市の出身だ。飾らない人柄で誰からも愛される地元の“希望の星”に、故郷や家族への思いを聞いた。

「熱海の皆さんにいい報告をしたかった」

熱海富士は大関・貴景勝との優勝決定戦に挑んだもののはたき込みで敗れ、初優勝はならなかった。

熱海富士関(伊勢ケ浜部屋での稽古)
熱海富士関(伊勢ケ浜部屋での稽古)
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熱海富士:
優勝したかったです。本当に悔しい。自分の相撲で、みんな自分よりも喜んだり悲しんだりしてくれて、静岡の皆さんにもいい報告をしたかったのですけど、これからもっと頑張ります

熱海市のパブリックビューイング会場
熱海市のパブリックビューイング会場

熱海市のパブリックビューイング会場でも地元後援会を始め、大勢の市民が見守った。

熱海富士後援会・内田進会長:
いつもの彼とはちょっと違って、大変緊張していたと思いますね。でも本当に良く頑張ったと思います

熱海市・斉藤栄市長:
本当にハラハラしました。いや、本当に残念です。相手が試合巧者だったのかな

熱海富士関が高校時代に下宿していた食堂(三島市)
熱海富士関が高校時代に下宿していた食堂(三島市)

また熱海富士にゆかりのある三島市の食堂でも熱い声援が飛んだ。
食堂の店主の杉山信二さんは、市内の相撲クラブで熱海富士を小学校時代から指導した。また沼津市にある強豪校・飛龍高校に入学した時には半年ほどこの店に下宿していた。千秋楽は相撲クラブの関係者などが駆けつけ取り組みを見守った。

食堂店主・杉山信二さん:
本当に感無量ですね、こっちがありがとうと言いたい。よくやってくれました。小学校や中学校の時のことをすごく思い出しましたね。一番の期待は日本人の横綱。横綱を目指して精進してもらいたいですね

土石流に襲われた熱海の“希望の星”

土石流に襲われた熱海市伊豆山地区(2021年7月)
土石流に襲われた熱海市伊豆山地区(2021年7月)

熱海富士(本名 武井朔太郎さん)が育った静岡県熱海市は、2021年7月3日に土石流が発生し、災害関連死を含め28人が犠牲になった他、建物136棟が被災した。それだけに、明るい性格で力強い取り口をみせる熱海富士は“希望の星”だ。

地元後援会のパンフレット
地元後援会のパンフレット

熱海富士は飛龍高校から、伊勢ケ浜部屋に入門。2020年11月場所の初土俵からわずか8場所で、2022年3月に十両に昇進した。19歳の時だ。歴代7位となるスピード出世で、熱海市の企業などが中心となって後援会が誕生した。

後援会設立を感謝する母・奈緒さん(2022年3月)
後援会設立を感謝する母・奈緒さん(2022年3月)

母親の武井奈緒さんも「こんなに早く関取になれると思ってなかった。稽古をとにかく頑張っていると聞いているので、親方や部屋の言うことを聞いて今後も頑張ってほしい」と喜んだ。

十両優勝の報告会(2023年7月)
十両優勝の報告会(2023年7月)

2022年11月場所で新入幕を果たしたが4勝11敗で十両に転落。2023年7月場所で十両優勝し、再入幕を果たした。十両優勝の後 報告に市役所を訪れると、市民200人が集まって祝福した。
熱海富士は「きのう『セレモニーをやるよ』って聞いて、こんなに集まってくれてうれしい。誰も来なかったらどうしようと思って」と本音を漏らし、会場は爆笑に包まれ、「かわいい~」という声も飛んだ。とにかく、おちゃめで愛されキャラなのだ。

妹も相撲部主将 土俵で“兄妹”対決

妹・陽奈さんは飛龍高相撲部主将
妹・陽奈さんは飛龍高相撲部主将

熱海富士の妹 武井陽奈(ひな)さんも兄の背中を追いかける。飛龍高校3年生で相撲部初の女性主将だ。
その陽奈さんが十両優勝の後に7月に沼津市で行われた巡業で、お兄さんと“対決”した。会場には約3000人が詰めかけ、熱海富士が母校の後輩に胸を貸した後、ファンと触れ合う「質問コーナー」に妹の陽奈さんが登場した。司会者が質問者の名前を紹介し「武井さんって確か…」と水を向けると、熱海富士は「がちで妹です」と、少々照れたような表情をした。

熱海富士関の妹の陽奈さん
熱海富士関の妹の陽奈さん

陽奈さんが「どのような稽古をすれば、強い相手にも自分の相撲を取って勝つことができますか」と質問すると、熱海富士は「(私は今)飛龍高校で学んだことを生かして、恩師の教えを守って頑張っています」と答えていた。
熱海富士は陽奈さんについて、「1人しかいない妹ですし、自分が高校に行った時も2人で兄妹で頑張ってきたので、今 妹はキャプテンとして頑張っているそうなのでうれしい」と、目を細めた。

歌でリラックス 深い郷土愛

熱海富士が育った熱海市
熱海富士が育った熱海市

熱海市民も熱海富士が好きだけど、熱海富士も熱海が大好きだ。
テレビ静岡の取材(2022年6月)に対し、熱海富士は「地元が好き。熱海に住んでいる人の人柄だったり、街の雰囲気だったり。自然も海があって山があって坂がいっぱいあって。自分も中学校の時に山をひとつ超えて歩いていたので、片道2~3キロを友達と歩いていた。海も好き。昼もいいけど、夜に風が吹いて良い感じの海がいい。自分は肉よりも魚の方が好きで、魚は昔から食べていた」と、地元愛を披露してくれた。

土石流が流れ下った熱海市伊豆山地区(2021年7月)
土石流が流れ下った熱海市伊豆山地区(2021年7月)

それだけに、2021年7月3日に発生した熱海土石流には心を痛めたそうだ。熱海富士は「(土石流で被災した場所は)よく通っていた道で、胸が痛い。自分の取り組みの前の日で、本当に心配で連絡できる人には連絡した。少しでもいい相撲をとって、地元に元気を届けられたらなと思う」と、自分の活躍が熱海市民の励みになることを意識する。

高校時代の熱海富士(左端)
高校時代の熱海富士(左端)

そんな闘う熱海富士をリラックスさせてくれるのは「歌」だ。
歌うことが好きで、高校時代は部の後輩とカラオケによく行ったそうだ。back numberの曲をよく歌ったという。なかでも「水平線」が好きで、熱海富士は「自分の高校時代は新型コロナでインタハイが中止になったりして(悔しい思いをして)、好きな歌を聴いて気を落ち着かせた」という。「水平線」だけで300回は聞いたそうだ。

熱海富士「一番上まで行きたい」
熱海富士「一番上まで行きたい」

インタビュー取材の最後で、熱海富士関は「少しず今できることを全力でやって、入ったからには一番上まで行きたい」と目標を語った。
お気に入りの「水平線」の冒頭の歌詞は、「出来るだけ嘘は無いように どんな時も優しくあれるように 人が痛みを感じた時も 自分の事のように思えるように」とある。
優しくて真っすぐ。そして強さが魅力の若き関取は、横綱をめざす。

(テレビ静岡)

テレビ静岡
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