コロナ禍の中、世論を二分した9月入学は、安倍首相が事実上導入を見送る意向を示したことで終止符が打たれた。9月入学は、どのような議論を経て「導入困難」となったのか。自民党の9月入学作業チームで中心的な役割を果たした、柴山昌彦前文科相と村井英樹議員に取材し、その経緯を検証した。

発端は都立高校生のツイッター投稿だった

「法律の改正を伴うシステムの変更は確かに難しいよね」

安倍首相は2日官邸で、自民党の「9月入学」作業チームに対してこう述べ、今年度や来年度からの制度導入を事実上見送る意向を伝えた。

柴山前文科相が官邸で提言書を手渡し
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座長であった柴山昌彦前文科相が手渡しした提言書には、「今年度・来年度のような直近の導入は困難である」と記されていた。

事の発端は4月1日に都立高校の3年生がツイッターに投稿した「新学期の開始を9月に」というメッセージだった。その後このツイートは大きな反響を呼び、大阪の高校3年生が「秋学期制度の導入を!!」という署名活動も始めるとさらに共感が広がった。

「前のめりだ」知事会に自民党文教族が反発

メディアが俄然注目したのは、都道府県の知事たちが動き出してからだ。

東京都の小池知事が4月28日、「社会を大きく変えるきっかけになる」と賛成の立場を表明すると、翌29日には大阪府の吉村知事が「グローバルスタンダードだ」と賛同。知事会は政府に9月入学の検討を求める緊急提言をまとめた。

こうした動きと前後して、政府側も9月入学導入の本格的な検討を始め、各関係府省には導入する場合の論点整理が指示された。

一方、知事会と政府の動きに不快感を示したのが、自民党の「文教族」だ。
「知事会から唐突に出てきましたが、どうも知事会だけが前のめりになり過ぎているのかなと」

5月1日党本部で、馳浩元文科相は知事らの動きに対して不快感を隠さなかった。

馳元文科相は「前のめりになりすぎている」と知事らに不快感を表明

また、ある文科相経験者は、「これまでの秋入学の議論は7か月早めるという議論だった。今回は5か月遅くするという議論だ」と、知事らが主張する9月入学が本来のグローバルスタンダードと真逆であることを強調した。

「学びの保障やオンライン化が緩んではいけない」

5月12日、自民党内に9月入学を検討する作業チームが立ち上がった。役員会のメンバーは座長に柴山前文科相、事務局長には村井議員、顧問には文科相経験者らが並ぶ顔ぶれとなった。

座長を務めた柴山氏は、文科相経験者でもあり9月入学には理解があった。
「(9月入学は)反対ではありませんでしたが、いまは学びの保障やオンライン化を促進しないといけない。それが9月入学導入によって緩むことを不安に思っていましたね」

座長の柴山前文科相は、9月導入で学びの保障が緩むことを懸念していた

事務局長の村井氏は、役員会についてこう振り返る。
「役員会の方々は文科相の経験者も多いので、日本の教育制度や社会の変革に資する大きな選択肢の1つだと考えていました。ただ実行すると何が起きるのかを考え始めると、すぐに出来る話では無いとも多くの方が気づいていましたね」

「いま行えば教育のリソースが取られる」危機感

文科省や教育現場では、休校による子どもたちの学びの保障や心のケアをどう進めていくかが最大の課題であり、「いま制度改革を行えば、教育のリソースがそちらに取られることになる」と危機感を募らせていた。

5月14日に安倍首相が「選択肢の1つ」と発言すると、19日には関係府省の次官級会議が行われるなど、政府側の動きは慌ただしくなってきた。

一方自民党の作業チームは、この頃頻繁にPTAや保育、高校など関係団体からのヒアリングを行った。

ヒアリングを重ねながら柴山氏は、「いま在学する子どもの学びの保障と、9月入学は切り離して議論しなければいけない」と考えたという。「従来のグローバルスタンダードに向けて改革していこうという議論と、今回降って沸いてきた議論は一致していませんでした。9月入学のあるべき姿をどうするかは、腰を据えて別途検討することが望ましいという方向になっていきました」

100人以上の議員が集結し異様な空気に

こうした中、5月22日には自民党の小林史明・青年局長ら若手の議員ら61人が連名で、「拙速に9月入学の議論をするのではなく慎重に議論していただきたい」との提言をまとめた。

そして、25日作業チームは初めて「平場」で議員の意見を聞く場を設けたが、そこには100名以上の議員が集まり異様な空気に包まれた。

柴山氏はこう振り返る。
「25日に初めて一般議員が参加出来るようにしたところ、9割が反対でした。中には『9月入学の議論をするな。教育現場、学校や自治体が混乱するから』という議員さえ複数いました。役員会は9月入学自体には前向きな空気でしたから、ここまで党内議論に幅がある会議は、私には経験がないくらいですね」

「まるで『保育園落ちた、日本死ね』のようだ」

議員が一斉に反対の声を上げた背景には、世論が9月入学に対して否定的になってきたことがあげられる。この頃になると9月入学導入が抱える問題が、連日メディアで報じられていた。

待機児童26万人増加、未就学児の学年分断、家計への半年分の教育費負担増の可能性が伝えられると、子育て世代を中心に不安や反発が広がった。彼らはSNSなどでつながり、地元議員にファックスやメール、電話で苦情を訴える行動にも出た。

この動きをある教育関係者は、「まるで『保育園落ちた、日本死ね!』の時の動きのようだ」と語っていた。

「パパ友や同年代の仲間からも批判的な声が」

柴山氏はこう語る。
「休校が長引いている間、皆さんはまだ9月入学の諸問題を知らず、小池東京都知事、吉村大阪府知事、橋下元大阪府知事らが、『9月入学が1つの解決策だ』とおっしゃると、『あ、それいいよね』と考えたと思うのです。しかし各報道が問題点を取り上げてから、世論は相当変わったと思います。特に未就学児の保護者が子どもに不利益になると心配して、私にもメールやファックスなどをたくさん頂きました」

村井氏は苦笑交じりにこう語る。
「私にもファックスやメールが着ましたが、実は我が家も5歳、2歳、9カ月の3人の息子がいて、共感できる点が多々ありました。またパパ友や同年代の仲間からも批判的な声が寄せられましたね」 

事務局長の村井議員「パパ友や同年代の仲間からも批判的な声が寄せられた」

「政策で徹底的に議論するのが自民党の良さだ」

すでに学校再開が各地域でスタートし、もはやこれ以上9月入学を押し進める理由はなくなった。そして6月2日、作業チームは官邸を訪ね、安倍首相に提言書を手渡した。

そのときの様子を村井氏はこう語る。
「総理は政策で徹底的に議論するのが自民党の良さだと、大変にこやかに話してくれました。幅広いメンバーで教育の話を議論できたのは本当にいいことだと思うよともいっていました。提言の内容についても、非常に前向きに受け止めて頂いたと感じました」

アフターコロナに向けた議論を続けるべき

では9月入学はこれで未来永劫葬り去られるのか。

柴山氏はこう語る。
「私としてはそれももったいないなという気がしています。今回の提言書には、別紙に導入方式案をいくつか挙げていますが、前倒し案はほとんど議論されていませんでした。役員会では、あるべき9月入学について、時間をかけて議論をする必要があると思っています」

筆者はFNNプライムオンラインなどで、9月入学についての動きを伝える中で、9月入学導入には基本的に賛成の立場であることを繰り返し述べてきた。と同時に、コロナ禍においては子どもたちの学びの保障と心のケアが優先されるべきで、平常時にこそ議論をするべきだと訴えてきた。

中曽根臨教審以来、何度か政治の俎上にのぼりながら先送りされてきた9月入学だが、これで議論を終わらすのでは無く、アフターコロナに向けた議論の場を続けるべきである。

著者の私案についてはあらためてこの場でご紹介したい。

※作業チームの正式名は「秋期入学制度検討ワーキングチーム」だが、9月入学の呼称が広く浸透しているため、「9月入学」で文章は統一した。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】