「お元気ですか?」

日本語が分からない韓国人でもこの日本語だけは知っている、そう言い切っても良いだろう。1999年に韓国で公開された日本映画「Love Letter」(岩井俊二監督)で、主演の中山美穂さんが叫んだ名セリフだ。作品の大ヒットを受け韓国ではこの言葉が流行語となり、ロケ地の北海道は韓国人が心を寄せる旅行先として今もその人気は衰えない。

昨今、徴用工問題や慰安婦問題、さらには韓国軍によるレーダー照射問題など政治的対立で、かつてない“冬の時代”に突入した日韓関係だが、今年は両国にとってある節目の年にあたる。「大衆文化の開放から20年」なのだ。

文化開放は電撃的だった

日本統治時代を経験した韓国では、反日感情や文化的影響への懸念、国内産業を保護する観点から日本の大衆文化が流入するのを長年禁止してきた。ところが1998年10月、当時の金大中大統領が電撃的にその扉を開く。アニメ・音楽・ドラマ・映画といった「日本の大衆文化の開放」を表明したのだ。開放は2004年まで4段階で進んだ。

第1次の開放は1998年で、まず全ての日本漫画と、映画分野ではカンヌやベネチアなど世界4大映画祭の受賞作品に限って解禁となった。北野武監督の「HANA-BI」が記念すべき第1弾の開放だ。翌99年の第2次開放で、対象は世界83の国際映画祭受賞作品にまで拡大。このとき公開されたのが前述の「Love Letter」で、韓国では社会現象になるほどの大ヒットとなった。2000年の第3次開放で対象映画がさらに広がり、一部のゲームや日本語歌詞のない音楽CD、スポーツやドキュメンタリーのテレビ番組も解禁。第4次の2004年に、全ての映画や音楽、ゲームが開放された。

「日本文化に侵略される…」

開放当時、韓国で根強かったのが「日本文化に侵略される」という懸念だ。しかし、我々にとっては皮肉なことに、韓国側の懸念は杞憂に終わる。鳴り物入りで始まった開放だが、ブームとなった大ヒットは「Love Letter」など一部のコンテンツに留まったのだ。これは、韓国では多くの人がとっくに違法コピーなどで日本の映画やドラマに接していたという実情もあったと見られる。そもそも影響力の大きい地上波放送においては、現在も日本の一般ドラマやバラエティー番組は解禁されていない。いまだに全面開放には至っていないというわけだ。

むしろ20年の時が経って見えてきたのは、「コンテンツの逆転現象」。
そう、海を渡ったのは、韓国文化の方だったのだ。

K-POPの対日輸出は輸入の100倍

コンテンツの逆転は音楽市場が最も顕著だ。かつてのK-POPと言えば“日本音楽のパクリ”と揶揄されることもあったが、それは遠い昔の話。2016年の日本音楽の韓国向け輸出額は291万ドル(3億2800万円)に留まる一方、K-POPの日本向け輸出額は2億7729万ドル(約312億8400万円)と、実に約100倍にまで膨れ上がっている。これは、韓国よりも日本の音楽市場の方がはるかに規模が大きいことも関係している。さらに、影響力の強い韓国の地上波テレビで、日本のコンテンツが解禁されていないというアンフェアな状況も背景にはあるが、日本が韓国の後じんを拝しているのは明らかだ。

“原爆Tシャツ問題”などで物議を醸した男性グループ「BTS(防弾少年団)」は隆盛を極めるK-POPの旗手だ。彼らは今年、アメリカで最も権威ある音楽チャート「ビルボード」において2作連続でアルバム1位を獲得するなど、今や世界的な人気を誇る。Tシャツ問題で揺れる最中に東京ドームで開催されたコンサートも10万人を動員し、大盛況のうちに終わった。政治的な溝が深まるのと裏腹に、大量のK-POPが日本になだれ込んでいるのだ。

“あの判決”の前日にデビュー

 
 
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今年10月30日は、日韓が対立を深める“引き金”となった日だ。韓国最高裁は同日、
先の大戦で強制労働させられたと主張する韓国人に賠償を支払うよう、新日鉄住金に命じる判決を言い渡した。この日を境に「日韓の友好関係の法的基盤が根底から覆されてしまった(河野外相)」わけだが、奇しくもその前日に、昨今のコンテンツ逆転を象徴する出来事があった。

日韓両国の女性アイドル12人で結成された新グループ「IZ*ONE (アイズワン)」が韓国でデビューを飾ったのだ。韓国のテレビ局のオーディション番組で選抜され、メンバーにはAKB48グループで活躍した宮脇咲良さんら3人の日本人が含まれている。彼女達は48グループの活動を2年半休止し、IZ*ONEでの活動に専念するという。「世界で勝負するなら、今は韓国を経由した方が早い」という思惑もあっただろう。2つのニュースが一日違いで起きたことに因縁めいたものを感じるが、日韓交流を象徴する彼女たちにとって活動しにくい状況が生まれかねない。

完全開放はいつ?

話を前段に戻そう。地上波での日本ドラマ解禁など、大衆文化の完全開放は果たしていつになるのだろうか。実は前述のIZ*ONEはデビューから2日後、さっそくある憂き目にあっている。韓国の地上波放送で、日本語歌詞で構成された彼女達の曲が「放送不適格」の判定を受けたのだ。“日本色の強いものは放送できない”というわけだ。やはり、いまだに日本文化への反発が根強く残っているのだろう。そもそも、完全開放を巡る議論は2011年に韓国政府が積極的な姿勢を示したが、その後立ち消えとなっている。李明博大統領(当時)の竹島上陸は、翌2012年のことだ。

文化開放と日韓の政治問題は複雑に絡み合っていて、現状を鑑みるに完全開放は極めて難しいと言わざるを得ない。とはいえ、政治とは切り離したところで良質なコンテンツに触れるのは両国にとって望ましいことだ。「過去の歴史問題を経済に影響させない」という文在寅政権お得意のツートラック政策も、こうしたときばかりは説得力を持つ。

(執筆:FNNソウル支局 川崎健太)
 

川崎健太
川崎健太

FNNソウル支局