ヨーロッパ内で際立つドイツの低い「死亡率」

ヨーロッパ各国で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、ドイツの死亡率の低さが際立っている。4月19日時点でイタリアが死亡率13%、イギリス13%、フランス12%、スペイン10%。一方、ドイツは感染者数13万9897人に対して死者数が4294人。死亡率は3%と他国と比べて大幅に低い。

その理由について在ドイツ16年の医師に話を聞いた。小野正道教授。小児心臓外科医で、過去5000件以上の手術を行ってきた。教授の執刀を求めて、大勢の患者が各国からやってくる。

「ドイツ心臓センター」小野正道教授。手術後の患者の女児と母親と
「ドイツ心臓センター」小野正道教授。手術後の患者の女児と母親と
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小野教授の務める「ドイツ心臓センター」にも3月末、コロナ専用病棟が設置され、集中治療室で重症患者受け入れが始まった。ここでは、これまでに入院した患者1人が亡くなった。「私自身も感染の危険性は常に感じつつ毎日病院に行っている」と小野教授は話す。

小野教授の務める「ドイツ心臓センター」にもコロナ専用病棟が設置 4月12日 撮影:小野教授

早期の対応…感染者ゼロの時点で本格的対策

ドイツの低い死亡率については、「元々の医療体制が充実していたから」と指摘されるが、小野教授は第一に、ドイツ政府の早期の対応を指摘する。

まだ国内で感染者が確認されていなかった1月6日に、ドイツ最高レベルの感染症研究機関「ロベルト・コッホ研究所」に作業部会を設置し、警戒を本格化させた。助成金を出し、集中治療室の増床、人工呼吸器の確保に着手した。

小野教授は、「コロナウイルスがどう猛で、今後危険な状況が来るというのを早い時点で政府は察知していたと思う。かなり早い段階でパンデミックを予想して、対応を行ってきたのが現時点において死亡率が少ない最大の原因」と話す。

患者を「かかりつけ医」に行かせず院内感染を防止

早期の対応に着手したため、国内で感染が確認された時には検査体制が確立されていた。現在1日あたり5万件からすでに7万件の検査が可能となっている。このため感染の実態が把握でき、効果的な対策が打てる。

また小野医師は検査の件数に加え、検査方法がポイントだと指摘する。政府は感染疑いのある患者は病院に行かずに、ドライブスルー方式もしくは在宅で検査を申請することを可能にした。「患者が『かかりつけ医』に行く必要がなく、院内感染を防止できる」と小野教授と話す。

集中治療室の充実 「日本も至急対応が必要」

また元々の医療レベルの高さも挙げられる。とくに集中治療室の病床数に関しては人口10万人あたりドイツが29.2床、イタリアが12.5床、イギリスは6.6床、日本は5床程度とされる。

(出典:ドイツの医療・科学出版社Springer「欧州各国の集中治療室について」より)https://link.springer.com/content/pdf/10.1007/s00134-012-2627-8.pdf

小野教授は「日本は病床数は多いが、集中治療室の病床数が少ない。この拡充が急務」と話す。

日本集中医療学会ホームページより
https://www.jsicm.org/news/statement200401.html

ドイツは感染者数が10万人を超えた現在も、集中治療室は40%程度の余裕がある。それでも今後数週間で満床になる恐れがあるとして、ドイツ国内は警戒を緩めておらず集中治療室の増床や人工呼吸器の増産を急いでいるとのことだ。元々2万5000台の人工呼吸器を保有していたが5万台へ増やす。

「ドイツ心臓センター」コロナ病棟への入り口 立ち入り禁止の看板が  4月12日 撮影:小野教授
「ドイツ心臓センター」コロナ病棟への入り口 立ち入り禁止の看板が  4月12日 撮影:小野教授

「リーダーの決断が極めて重要 」

ドイツから見て日本の状況をどう思うか小野教授に尋ねた。

「日本の状況はドイツの1ヶ月遅れだと思う。ドイツで外出制限とか休校措置が出たのが3月14日前後、その頃ドイツの患者が3000人、死者が2桁という状況で、これも日本と近似している。日本がこれから1ヶ月後に今のドイツ、欧州のようになる可能性があるのではと思う」

そしてこう話した。
「この1ヶ月の欧州の動きを見ていると、リーダーの決断が極めて重要。ドイツは他の欧州の国に比べれば初動調査、大規模検査、ICUの増床、外出制限というのがトップダウンで行われ、少なくとも死亡者数に関しては(欧米の)他国に比べ一桁少ない数で止まっている。外出禁止にしてもイギリスやアメリカは非常に遅れたと思う。そういう意味でトップが素早い正確な決断を出すということが大事。そのために、専門家の意見をきっちり聞くということが重要」

存在感を増すメルケル首相 コロナ対策に7割超が「満足」

メルケル首相は3月18日に行った国民向け演説で、現在が「第2次世界大戦以来の危機」と述べ、明確に世界の置かれている状況を国民に示した。そして最前線に立つ医療従事者に加えて、感染リスクにさらされながら、スーパーでレジをうち、商品を並べてくれる人たちへも感謝と敬意を示し、国民に団結を呼びかけた。

ドイツ政府は危機的状況にあるイタリア、フランスの重症患者を受け入れ、EUを離脱したイギリスに対しても無償で人工呼吸器を軍用機で運んだ。

ドイツ公共放送ARDの4月2日の世論調査によると、メルケル首相の支持率は3月に比べて11%上昇し64%。現在のコロナ対策については72%の人が「満足」と答えている。

「危機のリーダー」としてメルケル首相は存在感を発揮し、国民の支持を集めている。

「第2次大戦以来の危機」メルケル首相 3月18日の演説
「第2次大戦以来の危機」メルケル首相 3月18日の演説

未曾有のパンデミックと闘うには、医療や行政の関係者だけが、その責任を負うわけではなく、国民ひとりひとりが自分に課せられた役割を果たさなければならない。

そのためにはリーダーの言葉やふるまいが非常に重要だということをドイツの例は教えている。

(注:小野教授のインタビューは4月11日収録)

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【執筆:FNNロンドン支局長 立石修】

立石修
立石修

テレビ局に務める私たちは「視聴者」という言葉をよく使います。告白しますが僕はこの言葉が好きではありません。
視聴者という人間は存在しないからです。僭越ですが、読んでくれる、見てくれる人の心と知的好奇心のどこかを刺激する、そんなコンテンツ作りを目指します。
フジテレビ取材センター室長、フジテレビ系列「イット!」コーナーキャスター。
鹿児島県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。
政治部、社会部などで記者を務めた後、報道番組制作にあたる。
その後、海外特派員として欧州に赴任。ロシアによるクリミア編入、ウクライナ戦争などを現地取材。