「これが交通事故の現実。こんなことは誰にも味わって欲しくない。」
思い出の写真を手にし、嗚咽が部屋に響きました。東京・池袋で2019年に起きた11人が死傷した車の暴走事故。車を運転していた90歳の旧通産省の元幹部・飯塚幸三受刑者は、2021年9月、禁錮5年の実刑判決が確定し、その後収監されました。
この事故で、妻の真菜さん(当時31歳)と娘の莉子ちゃん(当時3歳)を亡くした松永拓也さん(35)は、刑事裁判が終わったことをきっかけに、事故後2年半以上にわたりそのままにしていた自宅の片付けを始めました。
この記事の画像(8枚)刑事裁判を通して、言葉を選びながら冷静に話をする姿が印象的だった松永さん。裁判の傍聴や取材をしてきた中で、感情が溢れ出る姿を目にするのはこの日が初めてでした。
「遺品と向き合うことで自分の心を整理しているのかな」
「一番最初に引っぱりだした段ボールがこれだったんですけれど、開けた瞬間、一番上に莉子の誕生日の時の写真が出てきて。」
曇りがちだった松永さんの表情が一瞬、明るくなりました。莉子ちゃんが描いた絵、結婚式のウェルカムボード、真菜さんのレシピ帳、そして松永さんが結婚記念日に真菜さんに贈った手作りのアルバム…部屋にあるもの全てに幸せな日々が思い出され、片付け初日は段ボールを開けるだけで終わってしまったといいます。
事故当時2人が着ていた洋服や自転車などの遺品も、刑事裁判が終わったことを機に、靴以外は全て処分しました。靴は2人が生きた証として、東京・日野市にある「いのちのミュージアム」に寄贈したいとしています。また、莉子ちゃんの本は、犯罪被害者の支援活動に役立てられるよう寄付する予定です。
松永さんは2人の遺品と向き合うことで心の整理になっていくと思う一方、正解がないことに悩みながら片付けをしています。
「僕がこういうのを見て当時に戻りたいとか後ろ向きになっていたら良くないんじゃないかとか、良い思い出だと思うんだったらいいのかなとか…分からないんですよね。自分でも。」
旧通産省元幹部から直接の謝罪なく…「むなしさって一番辛い」
事故を起こした飯塚幸三受刑者は、収監の際のコメントで踏み間違いを認めたものの、その後、松永さんら遺族に対する直接の謝罪はありません。
謝罪をしたいという意思を示してきたものの、あくまで民事裁判上で謝りたいというものだったそうです。また、送られてきた手紙の宛先は遺族宛ではなく弁護士宛。その手紙の中身も踏み間違いは認めるという内容で、真菜さん莉子さんの名前は一切ありませんでした。
刑事裁判が終わり、やっと二人に思いを馳せながら生きて行けるのかなと思っていた矢先の出来事に、むなしさが増していると明かしました。
「むなしさって一番辛い。嬉しい時、悲しい時は涙が出て感情が揺さぶられているが、むなしさって涙も出ない。感情の持っていきどころがない。」そして声を震わせながらこう訴えました。
「一瞬の出来事なのに一生続く。だから起きてはいけない。」
交通事故をなくしたい、その強い思いを明かす松永さん。「たった数秒の一瞬の事故で、後悔、無念、悲しみ、苦しみが一生続くんです。だから起きてはいけないんです。」「皆さんは今は、命も愛している人もいるから、安全運転をしてほしい。気をつけて道を歩いて欲しい。」
「意識だけでは防げない事故は、法制度、環境、車の技術などを一つ一つ改善していくことで、事故を一つでも減らしていくことに繋がると私は思っている。」自分と同じ思いをする人がいなくなるように社会全体で交通事故をなくしていきたいという願いを、松永さんは、何度も、何度も、口にしました。
「過去は変えられないけれど未来は変えられるから」次の一歩を踏み出した松永さん。2人の命を無駄にはしない、その決意を胸に前を向いています。
(フジテレビ社会部・司法クラブ 松川沙紀)