自動運転は人よりも安全か?

およそガソリン自動車という便利な乗り物が誕生してから、130年ほどの時間が経っている。最初のガソリン車は人の速足くらいのスピードしかでなかったが、それでも動かないときえも餌を与えなければならない馬よりも、よっぽど自由に移動できる乗り物として、ガソリン車は急速に普及した。

世界初のガソリン車(Carl Benz in his first Model I patent motor car from 1886, taken in Munich in 1925.© Daimler AG)
世界初のガソリン車(Carl Benz in his first Model I patent motor car from 1886, taken in Munich in 1925.© Daimler AG)
この記事の画像(8枚)
Benz Patent Motor Car, 1886. Historical photo. (提供:メルセデス・ベンツ)
Benz Patent Motor Car, 1886. Historical photo. (提供:メルセデス・ベンツ)

いまではなんと地球上に約11.5億台(自動車工業会調べ)の自動車が存在しているが、そのすべては「人」が運転するという大原則があるが、自動車の普及で人々の生活が豊かになり、雇用も生まれて、働き方も変えてしまった。その文脈から考えてみると、戦後の平和の象徴としてモータリゼーションが先進国で発展したことは、必然だったかもしれない。

しかし、急速な自動車の普及の副作用として、交通事故の増加や環境問題などの社会問題も生じている。自動車メーカーは安全基準を睨みながら、先進的な安全技術の開発に注力してきた。そして、2000年ころになるとカメラやミリ波レーダーなどのセンサーを使う予防安全技術が登場してきている。

ところで、「人」が運転するとき、「認知・判断・操作」という人が持つ能力で運転してきたが、高度なコンピューター技術や革新的なセンサーの実用化で、運転を機械(システム)に任せる自動運転の実現が見えてきた。交通事故の多くはヒューマンエラーが原因なので、これ以上人の運転に頼っていては、事故は減らない考えられる。そこで事故ゼロという大義のために自動運転への取り組みが始まったのである。

自動運転の定義~そもそも自動運転「レベル3」とはどのようなものか?

多くの人が誤解しやすい自動運転の定義を説明する。米国SAE(自動車技術学会)では、自動運転を6段階に分類した定義が世界的に知られている。レベル0は自動化ナシ、レベル1は加速・減速が自動化、レベル2はこれに操舵が加わる。

国土交通省HPより
国土交通省HPより

衝突被害軽減ブレーキや車線逸脱防止、あるいは車線維持機能、また、高速道路でのハンズオフ(ハンドルから手を離すこと)などは、レベル2の範囲である。ここまでのシステムは「運転支援」と規定している。つまり、ドライバーはしっかりと前方と周囲を監視する義務がある。

ここまでのシステムでは従来の法律で対応できたが、これがレベル3になると、ドライバーは前方監視義務から解放される(アイズオフ)が、システムが限界を迎えると、ドライバーは再びハンドルを握ることになる。ところで、レベル3では隣の人と会話をしてもいいが、すでに市販されているレベル2のクルマでも、ハンズオフが実用化されているので、レベル3と違いが分かりにくい。ちなみにレベル4ではドライバーに運転交代を要請しないシステムだ。

(提供:honda)
(提供:honda)

メーカーによってはハンズフリーのシステムを自動運転のように宣伝しているメーカーもあるが、SAEではレベル2までは「自動」と言わないように警告している。実際にドライバーの過信によって、ハンズフリーのレベル2では過信による事故が起きている。

繰り返すが「操舵・ブレーキ・加速」という機能が自動化されることと、「運転」が自動化されることは大きな違いがある。ドライバーの行動では前方を監視する義務があるかどうかがポイントだ。レベル3ではアイズオフが可能となるが従来の法律ではできなかったこと。そこで保安基準(車両運送法)と道路交通法を改正する必要があった。

ホンダ世界初となるレベル3がデビューしたが、法改正とセット

今回、ホンダが世界初となるレベル3の自動運転車を発表したが、同様のシステムはドイツのメルセデスベンツも発表しており、新型Sクラスにはレベル3のシステムが搭載される。

しかし、ホンダもメルセデスも当面は母国のみでの運用となるので、グローバルに展開するには、地図の整備などが必要となる。ということでホンダもメルセデスもレベル3の自動運転車はまだ地域限定だが、自動車史の中では大きな一歩を印したと私は評価している。

ホンダとメルセデスの自動運転のチャレンジは、1980年代のある出来事を思い出す。まず、メルセデスはSクラスには初めてエアバッグを搭載した。つづいてホンダもレジェンドにもエアバックを標準装備。世界で初めて火薬を使うエアバッグの採用に踏み切ったチャレンジは、今回の自動運転に通じる。

新技術は自動車メーカーのチャレンジだけではなく、実は日本政府も自動運転の法改正に向けて、大きな一歩を刻んでいる。技術と法律を協調して議論してきた成果であると思う。一般的には「日本は規制が厳しい」と言われるが、自動運転に関しては、国際法よりも約8ヶ月先行して法改正された。正確に書くと、改正車両運送法と改正道路交通法は2020年(令和2年)4月1日に施行され、2020年11月11日に国土交通省が世界初の自動運転車を型式認可したのである。

レベル3の中身を検証

国内法と国際法はハーモナイズしており、レベル3は時速60キロ以下(渋滞を想定)で使うと明記されており、メルセデスはドイツの高速道路で時速60キロ以下からレベル3の自動運転が可能となるが、レジェンドの場合は自動運転になるにはいったん渋滞速度が時速30キロ以下にならないと使えない。そして、速度が時速50キロとなると自動運転は解除される。

この時速30キロ入り口で出口が時速50キロには訳があり、日本の交通事情を考慮したものだ。レジェンドにはカメラ・ミリ波レーダー・ライダーなど高度なセンサーが数多く搭載されており、自動運転中はこうしたセンサーが周囲を監視している。

高度なセンサーで周囲を監視(提供:honda)
高度なセンサーで周囲を監視(提供:honda)

しかし、時速50キロ以上になると、ドライバーに運転を交代する要請がシステムが指示される。すぐにドライバーがハンドルを握って運転すればレベル2の状態に戻るが、ドライバーが反応しないケースでは、まず5~6秒後にシートベルトが振動し、運転交代を促す。それでもドライバーが応じないときは10秒後に「ミニマムリスク・マニューバー」という措置が始動し緊急停止する(法律で規定)。

運転交代を促す表示(提供:honda)
運転交代を促す表示(提供:honda)

ところでレベル3ではドライバーは前を監視する必要がないものの、「いったい何をしてよいのか、また何をしてはいけないのか」という現実的な疑問が気になる。道路交通法ではTVやスマートフォンを使うことは違法ではないが、メーカーは自主的に禁止事項を設けている。たとえばホンダとメルセデスの場合、車載TVやカーナビ、カープレイは利用できるが、手に持ったスマートフォンは禁止している。

カーナビの利用が可能だが、スマートフォンの使用は禁止
カーナビの利用が可能だが、スマートフォンの使用は禁止

法律では「即座に運転に戻れること」を求めているし、国内法では「合理的に予見される防止可能な人身事故は生じさない」さらに「救護義務などドライバーは安全運転義務があること」と規定している。ドライバーはいつでもハンドルを握れるよう、備えておく必要があると理解できる。

そもそもレベル3って必要なのか

価格は高いし、理解することが難しいので、レベル2で十分という話も聞こえてくる。しかし、レベル3の車両にはライダーなどの高性能なセンサーを持っているので、レベル2の機能も高度化する。しかし、私はレベル3は将来のレベル4への通過点だと思っている。箱根駅伝でいえばまだ大手町をスタートしたばかりの段階だが、後世の人々が自動運転の歴史を振り返ったとき、「2020年がスタート地点だった」と思うはずで、それが日本の自動車産業の偉業であると評価されることを願っている。

【執筆:国際自動車ジャーナリスト 清水和夫】

清水和夫
清水和夫

国際自動車ジャーナリスト。1977年武蔵工業大学電子通信工学卒。プロのレースドライバーを経て、ジャーナリスト活動開始。日本自動車ジャーナリスト協会会員(AJAJ)・日本科学技術シ゛ャーナリスト会議 会員(JASTJ)。NHK出版「クルマ安全学」「水素燃料電池とはなにか」「ITSの思想」「ディーゼルは地球を救う」など著書多数。NEXCO東道路懇談委員・国土交通省車両安全対策委員など。