IT技術の進歩はめざましいものがある。
AI(人工知能)やAR(拡張現実)といった専門用語を聞くと難しく感じるかもしれないが、お掃除ロボットが部屋をきれいにしてくれたり、スマホでARゲームの「ポケモンGO」が楽しめるのもこのおかげだ。
このような技術を、人生100年時代と言われる昨今、シニア世代の生活支援や介護現場の手助けに役立てる動きもある。
8月23日、シニアライフとIT技術の可能性を考えるイベント「シニアライフ・イノベーション・チャレンジ」(SIC)が東京・渋谷で開かれた。これからのシニアライフには何が求められているのか。取材してみると、思わぬ課題も見えてきた。
スタートアップ企業のシニア向け事業のアイデア満載
SICは2015年から不定期開催され、今大会(2019年)で8回目。シニア世代やシニアを迎える世代が希望を持てるような製品・サービスの発掘を目的としていて、スタートアップ企業が提案した高齢者向け事業を選考するビジネスコンテストも行われる。
このコンテストで高評価を得たサービスは、SICの主催者である「インフォコムグループ」や「SOMPOグループ」とビジネス面での提携を結べたり、高齢者施設で行われる実証実験に参加できたりするなどの特典もある。
今回は6月初旬から選考が行われ、23日は全国の約30社から書類・面談選考を通過した6企業の代表者が最終審査に挑戦。
有識者ら審査員の前で、プレゼンテーション5分+質疑応答2分の計7分で、将来性やビジネスモデルなどをアピールしたが、各企業が発表したサービスは、ロボットからスマホアプリまでさまざま。
一部を紹介すると、「株式会社ワーコン」(福岡)は、医療用対話ロボットを活用した在宅医療サービスを提案。看護師が24時間遠隔操作できる利点を生かすことで、介護業界の人手不足解消と見守り体制の両立につなげられるという。
「エーテンラボ株式会社」(東京)が発表したのは、ピアサポート型の健康アプリ「みんチャレ」。
生活習慣の改善など、同じ目標に向かって最大5人1組のチームを組み、写真やチャットなどで励ましあいながら目標達成を目指すアプリだ。単独よりも習慣化しやすいなどのメリットがあり、病院に通わない期間の健康維持にも役立つという。
最優秀賞は現段階で“IT要素ゼロ”!?
こうした中、最優秀賞に輝いたのが「株式会社トライリングス」(東京)。
健康運動分野における新しいトレーニングマシンおよび運動施設のあり方を提示し、未来のあるべきフィットネスの姿を示していくというスタートアップ企業で、今回プレゼンしたのは、無理なトレーニングは事故や動脈硬化につながるという理論のもと、高齢者の機能回復に特化したトレーニングマシン「D.R.E(ダイナミック・レジスタンス・エクササイズ)」だ。
このマシンは低負担かつ操作しやすいのが特徴で、心拍数を急上昇させることなく、可動域の拡大や関節の違和感などを改善させることができるという。だが驚くなかれ、このサービス、2019年8月現在では「IT要素がゼロ」なのである。
将来的には、IoTを活用してトレーニング効果の見える化を目指すとのことだが、なぜ最優秀賞に選ばれたのだろうか。ここに、IT技術が抱える課題やジレンマが隠れていた。
SICの関係者に聞いたところ、シニアライフの支援を巡る課題として、「シニアや介護施設で働く人々が最新技術・サービスの使い方を学べる機会がなく、『良いもの』とは分かっていても使われない傾向にある」という。
そう考えると、トライリングスが最優秀賞に選ばれたのも納得がいく。
会場には「D.R.E」が展示されていて、筆者も体験したのだが、指示に従って2~3分体を動かすだけでも肩のコリが薄れた。肩甲骨剥がしを行った感覚と言えるだろうか。もしも自分が高齢者だったとしたら、思わず利用したくなるようなサービスなのだ。
どんなに素晴らしい技術を開発しても、シニアや介護施設が魅力を感じなければ埋もれてしまう。その点では、「D.R.E」はシニアたちにとって親しみやすい存在なのだろう。実際に表彰式では、審査員が「私も利用したいと思った」と話す場面があった。
95歳の男性が360度カメラを使いこなす
それでは、IT技術はシニアライフにとって遠い存在なのか?と言われるとそうではない。
「株式会社ハコスコ」(東京)が発表したVR旅行体験は、コンテストの最優秀賞は逃したものの、活用性の高さから、次点に該当する「SOMPO賞」に選ばれた。
このサービスは、豊かな自然や観光地などがVR映像で見られ、遠方に出向くことが難しいシニアでも気軽に旅行体験を味わえる。映像の保存形態などにもよるが、過去の思い出をVRで振り返ることもできるようになるという。
こうしたVRの活用法自体は初めてではない気もするが、このサービスの面白い所はVR映像の撮影・視聴方法を学んだシニアを「VR旅行プロ」と認定し、そのプロが身近なシニアに撮影・視聴方法を教えられるようなシステムにしているところ。
VRという最先端技術の当事者となることで、シニア世代が失いがちな自己実現や承認欲求などを満たせる効果もあるという。プレゼンテーションでは、実際の例として、95歳の男性が360度カメラを使いこなして映像撮影を楽しんでいるケースも紹介された。
ハコスコの藤井直敬代表は「VRなどは難しいイメージを持たれがちだが、今のシニアは触れると興味を持ってくれることが多い。好奇心があればギャップは乗り越えられるし、シニアから見た子ども世代(40~50代の人)よりも知識を身に付けることもできる。ガジェットなどを使いこなすことが、シニアの喜びにもつながる」と話す。
シニアライフに求められるものとは
SICでは「これからのシニアライフ」と題して、高齢化社会が抱える現状や課題に関するパネルディスカッションも行われた。有識者が持論を展開する中、パネラーの1人は「(シニアになったとき)人としてどんな生活をしたいのか。日本だと手段や備えのためと言われるが、どうしたら年をとることがハッピーになれるのか、ネガティブに捉えないか。そういう社会にしていかなければならない」と述べた。
SICで紹介されたサービスは、ジャンルも内容もさまざまだったが、IT技術とシニアとの距離を縮めようとする試みが多かった。高齢者になっても生き生きと活動する“アクティブシニア”を増やしていくためには、IT技術もシニアに受け入れられる親しみやすさが求められているのかもしれない。そんなことを考えさせられるイベントだった。