派手な大企業の陰に“座布団一枚”のブース
9月14日から一般公開の東京ゲームショウ2019。40の国と地域から655の企業と団体が出展。来場者数は6年連続で25万人を記録する、世界を代表するゲームショーだ。事前に「ビジネスデイ」が設定され、プレスなどに公開された。
ソニーやセガ、カプコンにスクウェア・エニックスなど誰しもが知る大企業は巨大ブースを設置、最新ゲーム映像を大音量でガンガン流し、胸や美脚を強調したコンパニオンが何人も並ぶ。来場者が振り返る仕掛けをし、どんどんお土産やチラシを配布。中には人が人をよび、40分以上待たねばならないブースも。

そんな派手な演出があふれかえる会場の端に、大画面の前に座布団が一枚置かれただけのなんとも地味なブースをカメラマンが発見。
彼から「森下さん、これやってみましょう」と言われたとき、正直いうと私は「いや・・・なんかゲームショウのイメージと全然違うんだけど・・・」と難色を示した。なぜなら、座布団が置かれただけのその一角には、お客さんがほとんどいないし、見ただけでは何をするのかよく分からないのだ。

しかし、実際にやってみると、その自分の思いを悔い改め、むしろブースの皆さんに拍手喝采を送りたくなったゲームだったのだ。
旅館の女将になって“おもてなし”を体感するVRゲーム
説明をしてくれたのはOCA大阪デザイン&IT専門学校の三年生、福原研人さん(20)。彼が開発したゲームだという。
なぜそもそも学生が開発したゲームがゲームショウにあるのか聞くと、学生らが開発したゲームのコンペティションがこの専門学校で開かれ、この作品が優秀作品のひとつに選ばれたからだそう(ちなみに8つのゲームから2つ選ばれた)。
肝心のゲームの内容を聞くと・・・
「旅館の女将になって、スリッパを提供する“おもてなし”を体感するVRゲームです」
衝撃的すぎる地味な設定。タイトルは「OKAMIRACLE(オカミラクル)」。ダジャレである。
もはやこれはゲームなのかと首をかしげた。しかし、大手ゲーム会社のブースでひたすらゾンビと戦い、精神的に疲れ果てていた私はとりあえずチャレンジしてみることに。
すると、それはあまりに事前の説明とかけ離れたゲームであった。

「スリッパを投げて下さい!」
正座してVRを装着。両手にはそれぞれのコントローラー。トリガーをひくことでVR空間の手が開いたり閉じたりして床にある2足のスリッパをつかめる。そして目の前には旅館の入り口が。私は、旅館の玄関で正座している設定だ。

「正面からお客さんが次々に来るので、スリッパを足元になげてください!」
え?投げる?スリッパをそろえるんじゃないの?投げるの?
聞き返そうとしたまさにそのとき、次から次へとお客様には見えない白いロボットのような人が“来客”。
「いかん、投げねば!」
スリッパを手に取り、必死に投げる。しかもみんな走ってくる!旅館に走って入ってくるって、どんなシチュエーションだよ!床には無限に現れるスリッパ。途切れない客。もはや肉体労働の極み。すると今度は手に巨大な槍のようなものをもった、とても目つきの悪いお客様が走ってきた!

「クレーマーです!胴体にスリッパをぶつけて下さい!」
え?クレーマー?槍もって走ってくるって怖すぎるんですけど!
見事あたると、クレーマーはドカンと爆発して消えた。
思っていた旅館の女将の仕事と全然違う!!
スリッパを客に投げつける衝撃の設定。これは世界が感動した「おもてなし」じゃない!と声を上げようとした次の瞬間、今度は旅館の出入り口が左右にも出現、三方向から雨あられのごとくダッシュで入ってくるお客様とクレーマーが!
もはや合計何足のスリッパをお客様とクレーマーに投げつけたのかわからないが、常識を遙かに超える設定についていくのに必死で、この上なく没頭してしまったのだった。
「生きていてほとんどない機会です」
福原さんは高校生の頃、RPGやアクションゲームなど、とにかくゲームが好きだったそうだ。やがて、やりこむうちに、「たくさんの人を楽しませる側になりたい」と思うようになった。
高校三年生のとき、専門学校の関係者が学校説明会のため来校。話を聞いて「ここしかない」と目を輝かせた。その後参加したオープンキャンパスで、初めてキャラクターを動かしたときには思わず感動した。ゲームを作りたくてうずうずしていた。
入学して半年間は本を読むなどひたすらプログラミング言語を勉強。10月をすぎてようやく基本的なゲームが作れるようになった。そして3年生になりVRに挑戦。このコンペティションの存在を知った。
制作期間は三ヶ月。「まさか選ばれるはずがない。せめて選ばれた人のお手伝いのために東京にいこう・・・」とすら思っていた。

しかし、蓋を開けてみれば「企画が飛び抜けていた」と審査員らは絶賛。彼は「立って体を動かすなどのVRはたくさんある。座ってやるのもある。でも、正座してやるものはない。そこから思いついた」そうだ。座るのも正座するのも大きな違いがないようにも思えるのだが、しかし、この自由な発想が「スリッパを客に投げつける」ことに結びついた。
「大手企業がブースをだすなか、自分のゲームを出展できるなんて、生きててそうそうある機会ではありません。特にビジネス関係者が僕のゲームをして、面白かった、といってくれるのが本当に嬉しい。来年、卒業するのでぜひゲーム会社にはいってゲームを作りたい」と目を輝かせながら話してくれた。
東京ゲームショウは9月15日まで。少しでも気になった小さなブースにも、ぜひ足を運んでみてほしい。きっとそこにも、キラキラした情熱や夢が詰まっていることだろう。
ちなみに、私はゲームの終盤、10人くらいのお客様が隊列を組んで三方向から走ってお越しになった際、その半分ほどのお客様にスリッパを提供することができなかった。
今度、走って旅館にいってみよう。胴体に投げつけられたりして。
