米国の国防政策に立ちはだかる財政赤字

「政権交代により、米国の安全保障政策はどう変わるのか」。これは米国が4年に一度、大統領選挙を迎える度に世界中で問われ続けてきたテーマだ。

だが、その変化について考える前に、米国が現時点で直面している問題、つまり変わることのない構造的問題に目を向けてみたい。それは安全保障環境が厳しさを増しているにもかかわらず、投じることのできるリソースが絶対的に不足しているという問題である。

2018年11月、超党派の有識者からなる国防戦略委員会は、中国・ロシアと競争しながら、朝鮮半島やイラン、中東、米本土へのテロ攻撃等の突発的事態に対処するには、本来8000億ドル規模の国防予算が必要で現状は到底不十分であるとし、その不足が適切に補われない場合には、台湾、南シナ海、バルト諸国を想定した中国・ロシアとの対決で、米軍は敗北する可能性があると結論づけた。

2020年12月には、国防予算の上限を定めるFY2021国防権限法が上下両院で可決されたが、認められた予算は7400億ドルと前年度とほぼ同水準にとどまっており、この問題は解決されていない。さらに、過去最大まで膨れ上がっている財政赤字が、リソース不足に拍車をかけている。

これまで米国では財政赤字が0.5兆ドルを超えると、国防予算にマイナスの影響が見られてきた。だが、FY2020の財政赤字は新型コロナウイルス対策への支出も重なって3.1兆ドルに達している。これは金融危機後(FY2009)の財政赤字1.4兆ドルの2倍以上である。このことに鑑みると、当面米国の国防予算が大幅に増額されることは想定しにくい。これは今後の米国の安全保障政策を見る上で、極めて重要な前提である。

対中政策は厳しく、他の同盟国との関係も重視

では、ここにバイデン政権固有の要素が加わると、米国の安全保障政策はどのような影響を受けるのだろうか。

ジョー・バイデン次期大統領
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日本で特に注目度が高いのは対中政策の行方だろう。ワシントンでは、ここ数年の中国の問題行動は党派を超えて共有されており、バイデン政権になっても厳しい対中認識は変わらないという見方が一般的だ。

また、前述のFY2021国防権限法では、太平洋地域での軍事活動や能力開発に特化して22億ドルを支出することを定めた「太平洋抑止イニシアティブ」や、中国の軍事産業やサイバースパイ活動についての報告書の作成を義務付けるなど、中国への対抗を念頭に置いた関連条項が多数盛り込まれている。

これらは日本にとって好ましい傾向であることは確かだ。だが国家戦略においてより重要なのは、限られたリソースをどのような優先順位で配分していくかであり、それは高官人事やその下で策定される各種戦略文書によって裏付けられる。

国防長官候補として有力視されていたミシェル・フロノイ元国防次官は、以前から「中国のような大国に対する軍事技術的優位を失いつつある傾向を逆転させることが、次期政権での国防省指導部の最優先事項でなければならない」と主張しており、共和党からも強い支持を受けていたが、実際に次期国防長官に指名されたのは、中東畑を歩んできたロイド・オースティン元陸軍大将であった。

国防長官に指名されたロイド・オースティン氏

この決定は、2つの点で関係者を動揺させた。第1に、対中シフトを継続するには、限られた予算を各軍・各地域で奪い合おうとする国防省内の力学を統制し、長期の競争を見据えた戦略的判断のできるフロノイのような文民官僚の指導力が欠かせないと見られていたからである。実際、「太平洋抑止イニシアティブ」のような中国対処予算が確保される一方で、ロシア対処と欧州の同盟国への支援を目的とした「欧州防衛イニシアティブ」には、太平洋向け予算の倍近い45億ドルが要求される状況が続いている。

第2は、バイデン政権の意思決定に民主党左派勢力の声が影響していることがより鮮明になったからである。オースティン指名の背景には、フロノイが国防産業に近いことへの批判や黒人閣僚の少なさに対する配慮があったとされるが、左派はそれ以外にも、国防予算を削減してコロナ対策や社会福祉を充実させるべきだと主張している。

米次期政権でこうした傾向を抑制し、太平洋により多くのリソースを振り向けさせるには、トップダウンのトランプ政権とはまた違った外交努力・議会対策のための知恵出しが必要となる。

気候変動問題も安全保障上の課題

これに加えて、バイデン新政権がトランプ政権と明らかに異なるのは、気候変動問題を安全保障上の課題として捉えている点だ。バイデン次期大統領はパリ協定への復帰を公言している他、ジョン・ケリー元国務長官を気候変動担当特使に指名し、NSC(国家安全保障会議)の正式メンバーにするとしている。

気候変動を安全保障課題として捉える見方は、既にオバマ政権の「国家安全保障戦略(2015NSS)」にも現れていたが、2015NSSはあらゆる課題を網羅しようとした結果、優先順位を定める指針としてはほとんど意味を為さないものになってしまった。対するトランプ政権は特定分野への無関心と引き換えに、2017NSSにおいて中国との大国間競争を米国が取り組むべき最優先課題と位置づけることで、投資の絞り込みを可能にした。

トランプ政権は対中政策を国家安全保障戦略の最優先課題とした

これは戦略文書本来の役割からすれば、評価されるべき成果である。

国家安全保障担当大統領補佐官としてバイデン政権のNSSを主導することになるジェイク・サリバンは、「(外交・安全保障チームには)パンデミック、経済・気候変動危機、テクノロジーによってもたらされる混乱、民主主義への脅威、人種的不公平、格差の拡大などの解決を手助けする役目が課せられている」と述べているが、リソースが不足している中でトランプ政権が手を付けてこなかったアジェンダを全て「安全保障」と捉えて一つ一つ拾い直していくと、結果的に優先順位づけを放棄したオバマ政権の二の舞になってしまう恐れがある。

コロナをも利用する中国に日米はどう対処していくか

菅政権が2050年までに温室効果ガス排出の実質ゼロを目指すとしたことは、バイデン新政権の方向性に沿う。だが重要なのは、米国と歩調を合わせること自体ではなく、正しい戦略目標とその優先順位を共有した上で歩調を合わせることだ。

バイデン新政権が気候変動やパンデミックなど、地球規模の非伝統的安全保障問題での成果を重視していることを念頭に、中国がそうした分野での協力を梃子として、海洋安全保障や台湾など地域の伝統的安全保障問題で妥協を迫ってくることは十分あり得よう。

無論、このようなトレードオフの状況に陥らないようにすることが重要だが、それが避けられない場合には、何を優先するか(何を諦めるか)という国益認識をすり合わせておかなければならない。地球規模課題への対処に、米中協力が不可欠であることは否定し難いが、中国は初期対応の遅れからコロナの感染拡大を招いたことの責任を転嫁したり、米国が立ち遅れている隙をついた影響力の拡大など、パンデミックを大国間競争における優位獲得に利用している。

従来から中国との協力の必要性が認識されてきたにもかかわらず、今までそれが実現してこなかった以上、「中国とどう協力するか」という問いに立ち返ることは生産的ではない。より重要なのは、「中国がこれらの分野で協調的な姿勢を見せなかった場合、彼らに協力を促すためには何が必要か」を考えることである。そうなると、日米は何らかの分野で中国に対する競争上の優位を獲得・維持し、それらの組み合わせを梃子としないことには対等な協力・共存関係は実現し得ない。

したがって日本としては、バイデン新政権が「アメリカ・ファースト」から「国際協調」路線に回帰することを歓迎しつつも、安全保障政策の優先順位については中国との競争を最優先するという方向性を踏襲するよう働きかけるべきである。もっとも、このような働きかけに説得力を持たせるには、日本自身がしっかりとした戦略観を打ち出していく姿勢が不可欠だ。その意味でも、菅政権には日本版「国家安全保障戦略(2013)」の見直しに取り組んでいただきたい。

日本の安全保障を強固に…求められる3つのポイント

現行の国家安全保障戦略を見直すにあたり、取り組むべきポイントは大きく分けて3つあると考える。

第1は、安倍政権のレガシーである「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の安全保障上の意義・役割を明確化し、それを発展させることだ。安倍政権がFOIPを正式に打ち出したのは、2016年8月にケニアで行われたアフリカ開発会議(TICAD)においてであり、それ以前に策定された現行の国家安全保障戦略には「インド太平洋」という言葉は含まれていない。

また、FOIP自身も2016年以来、「戦略」を「構想」と言い換えるなど変質してきている。中国との競争的側面と協力的側面をどこまで両立させられるかは難しいが、「自由で開かれた」という普遍的価値・原則を疎かにすれば、インド太平洋は単なる地理的概念に成り下がってしまう。

また、バイデン新政権が人権や民主主義といったリベラルなアジェンダを重視するならば、それらは安倍政権が体現しようと試みた価値観外交の姿に合致するはずだ。その意味でも日本は道義的優位性を保ちつつ、中国が「不自由で閉鎖的な」態度を改めない場合の対応策を米・豪・印・ASEAN諸国等と協力して考えるべきである。

日印首脳会談でモディ首相と握手する安倍前首相(2018年10月29日)

第2は、経済・技術安全保障の観点を戦略に実装することである。具体的には、(1)重要な経済・技術分野の特定、(2)輸出管理・外国投資規制、(3)通信・5G及びデータ・セキュリティ、(4)レアアースなどの資源管理、(5)金融規制などの分野が挙げられる。

FOIPが日本が外に出ていくことによって国益を増進していく構想であるとすれば、これらは国内にある機微技術や経済力の核心を把握してその漏洩を防ぎ、なおかつそれらを外交的な梃子として活用することで日本の優位性を高めていくものだ。これには外務・防衛・経産の垣根を超えた省庁横断的な協力が一層必要となる。

そして第3は、深刻化する軍事安全保障環境を踏まえ、自衛隊と米軍の役割・任務・能力を再定義するための指針として、日米共通の「セオリー・オブ・ビクトリー」を示すことである。「セオリー・オブ・ビクトリー」とは、抑止が失敗した場合に、敵の継戦意思を打ち砕くまでの一連の戦い方を示す概念だ。

イージス・アショアの配備停止は、日本の防衛政策を総合的に見直す契機となり得たが、結局、レーダーやミサイルといった個別の装備を巡る議論に矮小化されてしまった。だが防衛政策は、蓋然性のある具体的シナリオの中で、限られたヒト・モノ・カネをどのように配分していくかについての、政治の正しい理解と後押しがなければ成り立たない。

冒頭で述べたとおり、米国のリソース不足は深刻だが、それは日本も同様である。令和3年度の防衛予算を「9年連続の増額」「過去最高額」と見る向きもあるが、中国の国防予算が前年度比で6.6%の伸びを示しているのに対し、日本の伸び率は僅か1.1%に過ぎない。このような制約下において、日米が別々の防衛力整備を続けていく贅沢はもはや許されず、グレーゾーンでの抑止から核エスカレーションの管理を含む、あらゆる段階の対処方針を一体化させた共同の防衛力・防衛戦略を構築する必要がある。

財政面からも日米の防衛戦略の連携が不可欠

これに先立ち、日米は「セオリー・オブ・ビクトリー」を共有し、自衛隊と米軍の役割・任務・能力に応じた投資の優先順位づけを行うための指針とするべきだ。具体的な危機シナリオにおいて「自衛隊と米軍には、それぞれ何が、どれだけ足りないのか」「その不足を埋めるために、いつ、どこで、誰が、何をするのが最も効率的なのか」。

こうしたきめ細やかな戦略論議の中で、日米の「盾と矛」という抽象的な役割分担論は歴史的役目を終えていくだろう。だが、それは日米が対等な同盟として成熟しつつある証であり、両国の国民に広く受け入れられるはずである。

【執筆:ハドソン研究所研究員 村野将】