オリンピックに3大会連続で出場した燕市(旧吉田町)出身の宇佐美彰朗さんが病気のため死去したことが29日までにわかりました、83歳でした。
宇佐美さんは旧吉田町出身で中学時代はバスケットボール部、高校はソフトテニス部に所属、日本大学で陸上競技を始めます。そして正月の箱根駅伝にも出場、第41回大会では9区を走り区間賞を獲得しています。
そして1968年メキシコオリンピックで男子マラソンに出場すると、その後もミュンヘン・モントリオールと3大会連続でオリンピックを経験しました。
また1970年、現在の福岡国際マラソンでは2時間10分37秒8と当時の日本記録をマークして優勝しました。引退後は東海大学で指導者を、2009年から名誉教授でした。
2021年の東京オリンピックでは県内の聖火ランナーを務め「応援・目線・拍手 すごく重かった」と話していました。
かつてNSTの番組で「長距離というのは、がまんすれば勝負になる」と話していた宇佐美さん、「マラソンの原点は弥彦山だ」といいます。小学校高学年の頃、仲間と登ることになった弥彦山、事前に母親から「神様の山なので引き返したらバチがあたる」と教えられ、仲間が登山途中で引き返そうと言い出すも山頂まで登りきります。「やり始めたら最後までやり遂げる」大切さを知るきっかけになったと話していました。
東海大学によりますと宇佐美さんは10月26日に亡くなったということです。
