“ビールの常識を覆す味わい”は業界関係者に衝撃を与え、瞬く間に注目を集めた“ヒメビール”。「果汁メーカーなのに、なぜビールを?」その問いから始まった、果実の新しい可能性を探す挑戦と、開発秘話に迫ります。
――なぜ、果汁メーカーがクラフトビールをつくったのか。
■愛媛・新居浜市で60年以上、果実と向き合ってきた会社の新たな挑戦
「果汁メーカーなのに、なぜビールを?」
愛媛果汁食品㈱がクラフトビール「ヒメビール」を始めたとき、きっと多くの人がそう思ったはずです。
私たちは、愛媛県新居浜市で60年以上にわたり、柑橘を中心とした果実の加工に携わってきました。そんな私たちが、なぜビールをつくることになったのか。
その答えは、これまで向き合ってきた「果実」にあります。
■60年以上、果実と向き合ってきた会社
愛媛果汁食品株式会社は、創業63年を迎えました。
創業当時に手がけていたのは、柑橘の瓶詰めジュースの製造・販売です。
当時は順調に業績を伸ばしていましたが、高度経済成長期を迎え、自動販売機が普及すると、瓶詰めジュースの需要は次第に減少していきました。
「このままではいけない。」
新たな事業展開を模索する中で、創業者・古川勝詞が目を向けたのが、ジュースを搾った後に残る「果皮」でした。
「捨てられてしまう果皮を、何かに活かせないだろうか。」
その発想から始まったのが、マーマレード事業です。
現在では、マーマレードをはじめ、柑橘を中心とした果実加工品の製造が、会社の中核事業のひとつとなっています。
振り返れば、私たちの歴史は、果実の「まだ活かしきれていない価値」を見つけることの繰り返しでした。
■果実の可能性を、もっと広げられないか
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そして2020年代。
世界中を大きく変えたコロナ禍は、私たち自身にとっても、これからの会社のあり方を考える大きなきっかけになりました。
60年以上、柑橘を中心に果汁やペーストをつくってきた。
その先に、私たちだからこそできる新しいことはないだろうか。
改めて向き合ったのは、やはり「果実」でした。
生食や果汁だけではない。
果皮やワタにも、それぞれ違った香りや個性がある。
果実そのものの可能性を、もっと広げられないだろうか。
ジュースやジャムとは違う方法で、果実の魅力を表現できないだろうか。
その可能性を最大限に引き出せる器は何か。
考え抜いた末にたどり着いたのが「クラフトビール」でした。
――「私たちなら、とびぬけた果実感を持つクラフトビールをつくれるのではないか」
ビールには、香り、苦味、甘み、酸味など、さまざまな要素があります。
そこに、私たちの技術で加工した果実が加わることで、従来のホップ等では表現できない新しい表情を引き出すことができるのではないか。
長年、果実の香りや味わいと向き合い培ってきた技術を活かせば、誰も飲んだことがない一杯がつくれるという、大きな確信がありました。
「果汁メーカーなのにビール」ではなく、
「果汁メーカーだからこそつくれるビール」。
それが、私たちが目指したものでした。
■社内に、ビールづくりの経験者は一人もいなかった
もちろん、挑戦は簡単ではありませんでした。
クラフトビール事業を始めると決めたものの、社内にはビールづくりのノウハウがまったくありません。社内には驚きと不安が広がり、銀行からも「やめたほうがいい」と止められたほどです。それでも、挑戦することを決めました。
社長が醸造を託したのは、パン職人出身の岡本でした。
現在、ヘッドブルワーを務めています。
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岡本は高校卒業後、北海道などのパン屋で15年間、パンづくりに携わっていました。
その後、当社に入社し、取引先への提案に使うパンやお菓子の開発に携わっていました。
クラフトビールについては、素人。
それでも、パンとビールには「酵母を使った発酵」という共通点があります。
そして何より、岡本は「ものづくりへの情熱」を誰よりも持っていました。
■「素人」から始まった、ビールづくり
岡本は、まず全国からクラフトビールを取り寄せ、さまざまなビールを飲むところから始めました。
そして、唯一名前を知っていた醸造所に、思い切ってSNSでメッセージを送りました。
「修行させてもらえませんか」
突然の申し出に、醸造所からは、
「そんな問い合わせは初めてです」
と驚かれ、最初は断られました。
それでも岡本は諦めませんでした。
その熱意を受け止めてもらい、長野県の醸造所にて住み込みで一からクラフトビールづくりを学ぶことになりました。
その間、新居浜では醸造所の設備工事を進めました。
そして酒類の醸造免許を取得。
2023年6月下旬。
ついに、愛媛・新居浜でクラフトビールづくりが始まりました。
設備のほとんどは海外製。
扱い方を一から覚えることにも苦労しました。
まさに、何もないところからのスタートでした。
■それでも、私たちには「果実」があった
ビールづくりについては素人だった私たちにも、
ひとつだけ、長年積み重ねてきたものがありました。
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「果実」です。
当社では、果実の選果、搾汁、加工、品質管理までを一貫して自社で行ってきました。
扱う食材の約8割が国産柑橘です。
果実を扱う上で、私たちが特に大切にしているのが「鮮度感」。
熟成させることで良くなる果実は限られているからこそ、果実本来の香気成分や味わいを損なわずに引き出すことを大切にしてきました。
その知識と技術を、今度はビールづくりに活かしています。
ビール専用の柑橘ピューレも、自社で開発・加工しています。
目指したのは、アロマホップだけでは表現できない、
「本物の果実感」。
これは、60年以上、果実と向き合ってきた私たちだからこそ挑戦できることでした。
■果実の新しい可能性を、一杯のビールに
こうして生まれたのが、「ヒメビール」です。
「ヒメ」は、愛媛の「媛(ヒメ)」から。
実は「ヒメ」という名前は、創業当時から続く私たちのブランドです。
創業当時に販売していた県産柑橘のジュース「ヒメジュース」。
その名前を、新しい挑戦であるクラフトビールにも受け継ぎました。
主力商品であるKraan(カラン)シリーズの「Kraan」は、オランダ語で「蛇口」という意味。
愛媛の「蛇口からみかんジュースが出る」という都市伝説をモチーフに、
「柑橘のプロがつくる、愛媛らしいおいしいフルーツビール」
という思いを込めています。
■私たちがつくりたいのは、「果実の新しい楽しみ方」
ヒメビールは、単に果物を使ったクラフトビールをつくるために始めたブランドではありません。
長年向き合ってきた果実に、まだ知られていない可能性がある。
その可能性を見つけ、新しい価値として届けたい。
それが、私たちの挑戦の原点です。
私たちは、「日本の柑橘文化を下支えし、世界に誇れる安心・安全な製品を届けます」という使命を掲げています。
そして、「柑橘加工を通じ、次世代に誇れる企業を目指す」ことをビジョンとしています。
ビールも、そのためのひとつの新しい表現です。
果汁として楽しむ。
ジャムとして味わう。
そして、ビールとして出会う。
果実の楽しみ方は、もっと自由でいい。
愛媛・新居浜市から、果実の新しい可能性を届けていく。
それが、私たちが「ヒメビール」をつくる理由です。
――次回は
次回は、ヒメビールの大きな特徴のひとつである「果皮とワタ」に焦点を当てます。
果汁メーカーとして長年培ってきた「果実を余すことなく活かす」という考え方が、ヒメビールの一杯にどうつながっているのか。
その背景をご紹介します。
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