上海で街の風景を撮影していると、休憩中の配達員やタクシー運転手がスマートフォンに見入る姿をよく目にする。何を見ているのか尋ねると、縦型のショートドラマだった。1話は約60秒。次々に起こる逆転劇に、つい続きを見てしまう。見終わると爽快感すら覚え、気づけば時間が過ぎている。ある制作者は、冒頭の3秒で視聴者を引き付けるショートドラマを「感情の商品」と表現していた。そして、その感情を揺さぶっているのは、人間の演技ではないかもしれない。
中国当局によると、2026年1~8月に公開されたショートドラマは43万本。既に2025年の年間公開本数の13倍に達し、その9割以上がAI作品だったという。制作現場を訪ねると、そこには撮影経験がなくてもドラマを作れる世界が広がっていた。
「手持ちカメラで撮ったように」撮り方までAIが提案
訪ねた上海国際ショート動画センターは、年間平均300組以上の撮影チームを受け入れるショートドラマの一大制作拠点だ。実写の撮影を支えるこの場所でも、AIドラマの制作が始まっていた。
制作会社のオフィスには、カメラも照明器具もない。黙々とパソコンに向かって作業するのは、実写ドラマ制作の経験がない20~30代のデジタル世代だ。
制作過程は、こんな流れだ。まず中国の生成AI「DeepSeek」に物語の方向性を伝え、登場人物の設定や構成案、各話の脚本を作らせる。さらに、脚本を映像にするためのカット割りもAIに考えさせるという。画面に映ったAI作成の脚本には、各カットの秒数や画角、人物の動き、せりふ、効果音まで並んだ。その中で、私が目を留めたのが「手持ちカメラで撮ったように」という一行だった。
カメラを固定するか、手に持って撮るか。同じ場面でも、撮り方によって伝わる印象は変わる。何を映し、どう撮るかを考えるのは、カメラマンとしての仕事の醍醐味でもある。AIは、場面に合わせた映像表現まで提案していた。こうした演出の領域にまで踏み込んでいることに驚いた。
制作台本と登場人物の画像を動画生成AIに入力すると、数分で3カットほどの10秒の動画ができあがった。
テレビドラマの現場は私も見学したことがある。1カットのために俳優、カメラ、照明、音声と多くの人間が関わり、膨大な時間をかける。同じではないが、その作業がこの数分に詰まっていると思うと、スピード感と手間の変化に驚かされた。
ドラマ制作経験のない彼らに、できた映像の良し悪しをどう判断するのか聞いてみた。カメラマンの自分も、日々悩んでいる課題だからだ。「自分自身も一人の視聴者なので、自分が違和感なく見られるものなら、一般の視聴者もおおむね同じように見られると思います」と彼らは話してくれた。撮影の経験がなくても、見てきた作品や自分の感覚を頼りに映像を作る。制作への入り口も変わりつつあるように感じた。
制作費1400万円が70万~100万円に 過酷な実写の現場
映画制作から始まったこの会社は、2023年から実写のショートドラマの制作に舵を切った。そして、ことし4月に制作部門の一部を実写からAIドラマに転換した。趙凌彬CEOは2026年を「AI元年」と位置付ける。
転機に挙げたのは、2月の春節前に発表された動画生成AIツール「Seedance2.0」だ。「業界全体が、春節休暇を挟んだ7~8日間で一変したように感じた」と趙CEOは振り返る。「休暇に入る2日前までは実写作品をクランクアップさせていたのに、休暇明けの初日にはAI制作へ移っていました」と、急変ぶりを語った。
AIへの転換の魅力の一つはコストだ。実写で1本約1400万円かかっていた作品を、AIなら約70万~100万円で作れるという。70~80人必要だった制作も、数人で進められる。
自身も俳優経験のある趙CEOは、実写の過酷な撮影についても話した。
「時代劇を1本撮影する場合、6~7日間、ほぼ毎日2~4時間しか眠れないこともあります。そのため、業界では『命を削るショートドラマ』と呼ばれています」
AIで制作することで、長時間の撮影やスタントに伴う負担・危険を減らせるため、経営者としては安全管理がしやすくなった面もあるようだ。
一方、公開する作品への責任は残る。AIショートドラマの急増を受け、中国当局は4月から、AIドラマの公開前の届け出を求め、9月にはAI生成作品の表示義務などを定めた新たな管理規則を施行した。また、制作の重要な工程や完成した内容を人間が審査すること、AIによる悪質な改変を禁じることも強調した。
仕事が減っても「演技を続けたい」 撮影の街で聞いた声
制作手法が大きく変わる中、実写を支えてきた人たちはどうしているのだろうか。
9月上旬、「中国のハリウッド」と呼ばれる浙江省・横店を訪ねた。北京大学の報告書では、ここは、中国の時代劇系ショートドラマの約9割が撮影される拠点とされている。
巨大な宮殿のセットから撮影エリアを見渡すと、撮影クルーは見当たらない。誰もいない現場を見て、観光客も撮影エリアから引き返していた。この日、主要な4つの撮影基地を回って確認できた撮影はわずか1組だった。
地元メディアは、2026年1~5月に横店が受け入れたショートドラマの撮影チームは、前年同期に比べ少なくとも半減したと報じている。取材した監督は、有名な撮影拠点の一つである河南省・鄭州での仕事が昨年から6割減り、横店に来たと話した。自身もAIを試しているといい、「本当に置き換えられる日が来たら、自分が何をすればいいか分かりませんから」と危機感を示した。
一度は就職したものの、演技への思いを捨てきれず横店へ来た女性俳優にも話を聞いた。報酬の変化について、「去年は1日1万元(日本円で約23万円)を超えていた俳優が、今年は1000~2000元になっていることもあります。また、今は俳優に200元を提示しながら、1日に20時間ほど撮影するチームもたくさんあります」と語った。それでも、横店を離れるつもりはないという。
「私はずっと演技を続けたいんです。演技がとても好きですし、撮影は本当に楽しいことですから」
“人が育つ現場”はどうなるのか
では、AIに移れば仕事は安定するのか。趙CEOは8月末の取材で、AIドラマの収益は以前より下がり、撤退する人も増えていると話した。
実写への支持も残る。調査会社DataEyeの上半期の資料では、中国版TikTok「抖音」で再生回数が10億回以上伸びたショートドラマ作品は、AIが7作品、実写が16作品だった。新作の数だけで、視聴者を引き付ける力は測れない。趙CEOは、AIが置き換えるのは実写作品の中位以下の部分で、トップ層には代替できない魅力があると考えている。今後は実写、AI、両者を融合した作品が共存するという見方だ。
私自身、AIを使うことで作りたい映像をすぐ形にできる便利さを感じている。AIがあるから制作を始められる人もいる。一方で、実写の現場には人を育てる役割もある。私は報道カメラマンで、ドラマ撮影とは仕事が違うが、現場を重ねて技術を身につける点は共通する。最初から名作を撮ったり、名演技ができたりする人は少ない。作品としては「中位以下」と評価されても、そこで得る経験が次の仕事につながる。そうした現場が減れば、将来の実写を担う俳優やスタッフも少なくなるのではないか。
AIによって作り始める機会が広がるなか、仕事を通じて人が育つ機会をどう残し、作っていくのか。中国で目にした変化は、私たちにも重なる問いを投げかけている。
(FNN上海支局 工藤雄矢)

