東京電力・福島第一原発が立地する福島県双葉町。2011年の事故で全町避難を余儀なくされ、約11年後に中心部などの避難指示が解除された。しかし、居住人口は震災前の3%にとどまるなど、帰還は思うように進んでいない。この町の未来を切り開こうと、大学生たちが始めた挑戦の1日を追った。
「何かこの場所で関わりたい」
都内の大学に通う二宮将さんは、福島県相馬市の出身だ。2026年2月、大学主催のボランティアで初めて双葉町を訪れた。

二宮さんは当時の印象を「何も無くなった形跡はあるけれど、新しい建物は建っているといった印象。双葉郡で挑戦する、新しい町に作り替えたいという思いの人がたくさんいて、そういった思いに直に触れることができて、私も何かこの場所で関わりたいなと思った」と語る。
進まぬ帰還、見直された人口目標
福島第一原発では着々と廃炉が進められている。その原発が立地する双葉町は、事故により全町避難となり、約11年をかけて中心部などの避難指示が解除された。

“人が住める町”に戻ってから4年が経つが、伊澤町長は「帰還に関しては、ハードルが高くなっていると感じている」と厳しい表情を見せる。町の居住人口は震災前の3%にとどまり、町が掲げていた「2030年ごろまでに2000人」という人口目標は、「2037年までに700人」へと大きく修正された。
インターンで感じた課題
二宮さんは、町内に工場を持つ繊維メーカー「浅野撚糸」で約1カ月間のインターンシップに参加した。双葉町で暮らす中で見えてきたのは、町がまだ「新しい風を受け入れる」環境を完全には整えられていない現実だった。

「震災前の跡地じゃないけど、そのまま蔦が生えっぱなしで残っている現状とかを見て、自分が感じていたものとはギャップは少しあった。双葉町に新しく入ってくる人にとって、本当に入りやすい街なのかなっていうのはこの1カ月で感じている」と、二宮さんは率直な思いを口にする。
若い世代を呼び込む町の挑戦
「入りやすいまち」という視点が、復興には不可欠だ。浅野撚糸の工場がある地区では、20の企業で約300人が働いているが、働き手はまだ足りていない。
そこで町は、若い世代に関心を持ってもらおうと、2025年から大学生インターンの受け入れを開始した。

受け入れ先である浅野撚糸フタバスーパーゼロミルの河合達也所長は、「風評もありますし、なかなかこの場所は、まだまだ理解をされていない場所。インターン生が周りの人たちに話していただくことで、我々の事業所のPRにもなり認知度も高まるので、間接的に私達の事業所に興味を持ってもらって、外から応募いただくっていうのはありがたい」と期待を寄せている。

2026年は二宮さんを含む6人の大学生が、共同生活をしながら町内の企業でインターンシップに臨んでいる。
参加者の一人、大学2年生の町田樹梨さんは「元々震災とか復興に関わりたいという思いがあった」と話し、同じく大学2年生の高尾宗太郎さんは「一度、人と文化がなくなってしまった町だからこそ、新しく取り組める町づくりがあるのではないかと思って来ました」と参加の動機を語った。
学生たちのアイデアが形に
インターンシップは、町で感じた課題の解決を目指し、イベントを開催するまでがプログラムだ。二宮さんも工場のなかで独自の仕掛けを考えた。
「浅野撚糸が入り口になって、双葉町に興味が移っていく。そういう循環が作れたらいいなと思っている」と二宮さんは話す。

そして迎えたイベント当日。二宮さんが仕掛けたのは、工場内にちりばめられた二次元コードを読み取りクイズに答える「謎解き探検ラリー」だ。参加者はゲーム感覚で企業について知ることができる。

また、工場へ誘導するために二次元コードが置かれたコーヒーショップでは、別の学生が考案した「インターンブレンド」を販売。大学生らしいアイデアとワクワク感にあふれた1日となった。
コーヒーを買いに来た町民は、「しっかり双葉町のこれまでのこととか、これからのこととか、彼女たちなりに理解して表現してくれたのかなと感じた」と話していた。

イベントを終え、二宮さんは自身の取り組みについて次のように語った。
「固定化されていない他の市にいる若者の交流人口を確保したり、双葉町に興味がなかったけどこの建物を通じて、こんな大きな建物が建つようなポテンシャルがある土地だというのを知って興味を持ってもらったりすることが、私の取り組みの一番の意味かなと思う」

復興が目指すのは「若い人達が多く住める町」。その実現には、固定観念にとらわれず、挑戦と冒険が許される“新たなまち”の形が求められているのかもしれない。
(福島テレビ)
