18歳の新垣愛子(あらかき・あいこ)さんは、アメリカの名門校で技術を磨く注目の若手バレエダンサーだ。
6歳でバレエの世界に足を踏み入れると、地道な努力を重ねて全国トップクラスの成績を収め、2024年には世界最大規模のコンクールで認められてアメリカへ渡った。沖縄から世界へと羽ばたいた新垣さんが、厳しいレッスンと向き合い続ける理由に迫る。
原動力は達成感 言葉ではなく行動で示すひたむきさ

いとこの舞台に魅せられ、母に直談判して始まった新垣さんのバレエ人生。当初は過酷なレッスンに必死で食らいつく毎日だったという。
「思っていたよりもずっと難しくて、先生からもたくさん怒られていました」
過酷な環境に折れず立ち続けられたのは、自分自身を超える瞬間の喜びに魅せられたからだった。

「毎日努力を積み重ねて出来るようになった時の達成感が好きなんです。それがバレエを続ける理由です」
幼少期から彼女を指導してきた那覇シティバレエスクールの島袋稚子先生も、そのひたむきさを鮮明に覚えている。
「こちらが言ったことは黙々とやっているような子で、口ではなく、ちゃんと行動で示す子でした」

中学3年時に全国規模のコンクールで1位を獲得してなお、自身の映像を見返しては「全然出来ていない」と課題を見つけ出し、黙々と練習に打ち込んだ。
課題を克服して掴んだアメリカの名門校への切符
プロを意識し始めた新垣さんの前に立ちはだかったのは、自身の体力的な壁だった。
「元々体力が無くて、踊りたいけど身体がついて行かないことが多かった」
毎日約3時間のハードな練習に耐え抜き「練習を積み重ねきて、自分の身体をコントロール出来るようになった」と手応えを掴むまでに成長を遂げる。

母・摩耶さんも感情の波を見せず淡々と努力を重ねる娘を「今しか出来ないことをいっぱいやって欲しい」と静かに見守り続けた。
転機は2024年に訪れる。
若手ダンサーの登竜門「ユースアメリカグランプリ2024」の日本決選で高い評価を受け、アメリカの名門「グレインジャーアカデミーオブザジョフリーバレエ」への年間留学を勝ち取ったのだ。

渡米後は生活面も含め「毎日新しいことにチャレンジしています」と力強く語り、確かな成長を刻んでいる。
沖縄から離れて2年。帰国したときは家族や友人との時間を大事に過ごす。そんな中での新垣さんの楽しみは、頑張った“自分へのご褒美”に好きなものを沢山食べることだ。

「舞台が終わった後は、自分が食べたいだけ食べるようにしています。至福です。そのために頑張っているって感じです」
悔しさをエネルギーに変え、世界で躍動するプロを目指す
現在、沖縄には海外留学やプロを目指す若いダンサーが増えている。
夏休みに一時帰国した新垣さんが地元の教室で汗を流すと、共にお稽古に励んできた仲間や後輩たちは大きな刺激を受ける。

「上半身を大きく使っていて、すごいと思います」「一緒に小さい頃から頑張ってきた先輩とかが、アメリカや海外で頑張っていると聞いて、自分もここで頑張ろうと思う」
幼少期から共にレッスンをしてきた仲間たちが、久々に見た新垣さんの踊りに刺激を受ける。
新垣さんと同じく海外留学中のフィッシャー里咲さんも「レッスンの時に愛子ちゃんの踊りを見て、いつも勉強させてもらっています。とても優しくて、話していると楽しい。踊りがとても綺麗なので、いつも刺激を受けています」
島袋先生も「表現が加わって大きく踊れるようになってきたのは、留学を経て成長したところかなと思っています」と成長に目を細めた。
自身を突き動かす原動力について、新垣さんはこう明かす。
「悔しいって思ったことはいっぱいあるんですけど、そのたびに『次は絶対に自分の精一杯で頑張る』って思えるようになりました」

困難や壁に直面するたび、それを更なる跳躍への糧へと変えてきた。彼女の視線はすでに、その先にある大きな未来を見据えている。
「海外のプロのカンパニーに入って世界で踊るダンサーを目指して頑張っていきたいです」
悔しさを強さに変える強い意志を胸に「私の踊りを見た人を鳥肌が立つぐらい感動させるような踊りができるダンサーになりたい」と語る18歳。
世界の舞台へ向けて一歩一歩着実に歩みを進めている。

