“歩かない”ことを主張するマーク

「ヘルプマーク」や「マタニティマーク」など、カバンや衣服につけて使うピクトグラム。
外見からはわかりにくい障害や、援助や配慮を必要としていることを伝えるなど、その役割は様々だが、最近ではこれらのマークの周知も進み、特別珍しいものではなくなっているだろう。

そんな中、Twitterに投稿された、こんなマークが話題となっている。



「先程、駅のエスカレーターに乗っている人がこのようなマークを付けていたので『ほう』となり、帰宅して即調べた。身体の麻痺などの事情でどうしても左右特定の位置にしか立てない人のためとの事だそうで。
ヘルプマークもだいぶ普及しつつあると思うので、他にもこういうのもあるという事が広まればと」

キーホルダーの表側には「わけあって こちら側で止まっています」の文章と、立ち止まってエスカレーターに乗る人物、そしてそれを見て「ハッ」とした様子の人物が描かれている。

投稿者は、このキーホルダーは、たとえば半身麻痺などの影響で「体の右側に支えがほしい」という人が「エスカレーターの右側で立ち止まっているのは、理由がありますよ」と伝えるためのものだと解説し、たちまち話題となったのだ。


SNSではこのキーホルダーに「こんなグッズがあったんだ、とても良いと思う」「私もつけています」などの声が挙がっていたが、そもそも、エスカレーターの乗り方として「2列の片側は止まる人用、もう片側は歩きたい人用」というのはマナー違反。
エスカレーターを製造・販売している数社の公式サイトを見てみると、いずれもエスカレーターを歩くことは「他の利用者や荷物と接触して思わぬ事故をおこしたり、緊急停止した場合に危険」として、注意喚起を行っていた。
また、JR東日本では、2018年末から「エスカレーターでは立ち止まるように」と、本格的な呼びかけをスタートしている。
(参考記事:「エスカレーター歩かないで」JR東日本の呼びかけに効果は?


実際に、SNSではキーホルダーに賛同する声の他に「本来、左右に立ち止まって乗らなくてはいけないものなのに、どうして『わけあって』なんて言わなくちゃいけないの?」という疑問の声も挙がっていたように、手すりにつかまり、立ち止まって2列で乗るのが本来のエスカレーターの乗り方のはず。

では、なぜこのようなキーホルダーを作ったのだろうか?
公益社団法人 東京都理学療法士協会 エスカレーターマナーアップ推進委員会にお話を聞いてみた。

「止まって乗るのは勇気がいること」

――「マナーアップキーホルダー」を作ったきっかけは?

『エスカレーターに止まって乗りたい』を実行したい方々のサポートをしたく、作らせていただきました。また、止まって乗りたい方々が、少しでも止まりやすい環境を作るため、止まって乗る方々を応援する方(サポーター)にもキーホルダーをつけていただきたいと思っております。

実際には、右側に止まって乗ることは勇気のいることです。自分たちで実践してみても、後ろからのプレッシャーを常に感じる次第であります。その思いを実際に目に見えるものとして、わかりやすいものを製作したいと委員会内で考えた際に、マタニティマークのようなわかりやすいものにしようという意見が出て、キーホルダー作成をさせていただきました。

片側が空いてしまいがちなエスカレーター(イメージ)

――どのような人が使うことを想定している?キャッチコピーの「わけあって」の意味は?

脳卒中や背髄疾患など、身体の障がいがある方はもちろんのこと、右側に立ちたい方の思いを支援したい方(サポーター)、エスカレーターは両側に止まって乗ることがマナーであることを広めたい方、親子連れで並んで乗りたい方など、いろいろな「わけ」を持っている方に使用していただくと想定しております。

長年の習慣がありますが、エスカレーターの正しい乗り方やマナーを多くの人に広め、知っている人が増えることで正しいマナーが徐々に広がっていくと考えています。安全性・多様性・効率性のことを考えても、右側に止まりたい人がいるということを少しでも多くの人に知っていただきたいと考えています。



2016年に発足したエスカレーターマナーアップ推進委員会によると、このキーホルダーは身体的な事情でエスカレーターに立ち止まって乗りたい人だけでなく、「“片側空け”の風習の中、立ち止まるのはプレッシャーがある…」と感じている人への支援をしたい人、“両側乗り”が本来のマナーだと広めたい人など、様々な人が使用することを想定して作られたもの。

推進委員会の啓発ポスターでも“片側乗り”は「長年の習慣」とした上で、「エスカレーター、止まって乗りたい人がいる」「みんな歩いているから…その“みんな”とは、本当に“みんな”でしょうか」と、疑問を投げかけている。


「エスカレーターの片側空けゼロ」を目標とした啓発ポスター

推進委員会は、2018年6月頃からこのキーホルダーの配布を開始し、昨年度は約1300個を無料配布。今年度は4~6月の2ヵ月間ですでに前年度分と同じ約1300個を配布しているとのこと。これを見た人にエスカレーターの正しいマナー、そして「何らかの事情で、立ち止まって乗りたい人もいる」という、当たり前だがつい忘れがちなことに目を向けてほしい、としている。

東京五輪までに「歩く人ゼロ」目指す

――このような活動で、エスカレーターのマナーは変わってきていると感じる?

このような活動を始めさせていただき約3年たちますが、活動開始した当初と比べると周知は進んでいると感じております。「両方乗るのが正しいマナーなのよね」「この話聞いたことある。テレビでやってたわ」などの意見を頂くことが多くなっており、活動を開始した当初には聞かれなかった声が届くようになっていると感じております。

(立ち止まって乗ることで)「歩いてくる人に怒鳴られた」「ぶつかられて危ない思いをした」等の意見も残念ながら頂いております。安全性やトラブルを避けるためにも、両側に止まって乗る必要があるということを丁寧に説明することが大切かと考えています。また、そのようなトラブルを避けるためにも、バッグ等にキーホルダーをつけていただき、気付いていただくことが大切かと考えています。

――今後、どのような形でエスカレーターマナーの向上を広めたい?

今後はこのようなメディア等のお力や、エスカレーターに関するイベントを開催し、周知活動を広めていこうと考えています。またTwitterのようにSNSを通して、徐々に周知活動を行っていこうと考えております。
2020年には東京オリンピックもあり、外国から多くの方々が東京にいらっしゃるため、東京オリンピックまでにエスカレーター歩く人ゼロを目標に活動していきます。
賛同していただける方に関しましては、勇気を持って両側止まりを実践していただけると、本当に止まりたい方々も止まりやすい環境ができますので、ぜひ両側に止まることを実践していただけると幸いです。


「エスカレーター歩く人ゼロ」の実現へ、目標とする東京五輪まで約1年。
実際に正しい乗り方の周知は進んでいると感じているというものの、その一方で、立ち止まっていることで注意を受けたり、ぶつかられたというトラブルも発生していることも事実。
“片側乗り”が習慣となってしまっている現状には「“両側乗り”が正しいマナーです!」と主張するのではなく、時間をかけて「エスカレーターで立ち止まる理由」に気付いてもらう、というのが目標実現のためには有効なのかもしれない。