職場や家族を通じたコミュニティ、友人たちとの会話の中で、何気ない言葉に引っかかったことはないだろうか。相手に悪気はなさそうだが、なんだかモヤモヤする。うっすら傷つく。

早稲田大学准教授で社会学者の森山至貴さんの新著『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)に、29の言葉が集められている。10代向けと記されているが、大人にも刺さるものばかりだ。「傷ついたのもよい経験」「悪気はないんだからゆるしてあげなよ」などなど。

そんな言葉を言われたらどう対処すべきか。森山さんに聞いた。

森山至貴さん。大人の読者からは「子どもに読ませたい」との声が多数寄せられている。
森山至貴さん。大人の読者からは「子どもに読ませたい」との声が多数寄せられている。
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「これって変では?」を集めた『モヤモヤ語録』

「学生と接する中で『こういうことを言われたんですけれど、これって変ですよね』『こう返したんですけど間違ってないですよね』と聞かれることがとても多かったので、そういう言葉を集めて『モヤモヤ語録』を作れないかと思ったんです。あなたは間違ってない、自己嫌悪に陥ったりする必要はない、って若い人たちをエンパワーするような解説を書いてみたかった」

本では、上から目線や自分の都合などが隠れたモヤモヤ語を『ずるい言葉』として、論理的に、子どもにも解るように解説してくれている。

「『傷ついたのもいい経験』って、たしかにそういう美談もないわけではないので先回りして『いい経験』認定をしてしまうのかもしれないけれど、実際に傷ついた人はとてもそんな風に消化できない場合だってあるはずです。

『あなたのためを思って言っている』も実は同じです。どちらも、強い立場の人が弱い立場の人の経験の意味を勝手に決めてしまっている。その構図が不愉快ですよね」

「『悪気はなかった』も気になります。裁判など悪意の有無が大事な場合はあるでしょうが、日常のやりとりでは相手が傷ついてしまったことがなにより重要で、まずそのことに対応すべきではないでしょうか。にもかかわらず、悪気がなかったから許してよ、というのは、そこから逃げている感じがします」
 

「あなたは子どもがいないから分からない」

私にとっての「モヤモヤ語」は「あなたは~ではないから分からない」だ。~部分には職種や経験が入る。「あなたは子どもがいないから分からないと思うけど」は100パーセント事実だし文脈上悪意がないのは理解できるが、やっぱり傷つく。そして、こんなことで傷つく自分はダメ人間なんだと自分の中に納めてしまう。それがオリのように溜まってゆく。

「理不尽さを飲み込んでしまった、と自分を苦しめているんですね。でも、経験の違いを越えてともに理解できるよう私たちを繋ぐのが言葉の力でもある。言葉を尽くす努力を放棄しない私の側に理がある、と思えれば、飲み込んだ理不尽は気分の上ではもう吐き出せているはずですし、そのことで少しは楽になれるのではないでしょうか」
 

差別的な発言はきちんと叩かなくてはダメ

いま、女性や性的少数者を傷つける政治家の発言が後を絶たない。

「大人は『またか』と思って済ませてしまいがちですが、この発言を聞いて子どもたちが傷つくのが心配なんです。だから『またか』と思っても毎回モグラ叩きはちゃんとしておかないとダメなんです。どうせまた出るからと放っておくと、出てきたモグラに子どもが噛まれて本当に亡くなってしまう」

謝罪や釈明も「不快な思いをされた方、傷ついた方がいるなら」「そういう意図ではありませんでした」とモヤモヤだらけ、まるで謝罪大喜利だ。

「そんな謝罪ではまたもめるってどうして解らないのかなって思います。本音では謝りたくないのでしょうが、それに気づかないほど市民は愚かではないし、そんな大喜利で問題が本当に解決するとはとても思えません」

話が通じない人からは、逃げてもいい

これまでの人生で得た知識や家族観、ジェンダー観が正しいと信じ、それを変えそうにない人たちの中から、また傷つける言葉が発せられるかもしれない。その人たちとどう共生していけばいいのだろうか。

※イメージ
※イメージ

「すごく難しいですね。私の立場は『説得を試みてもいいけど、逃げてもいい』です。共生を目指さなきゃ、と思わせること自体罠かもしれないからです。だって向こうはこっちと共生しようと思ってないし、こちらに歩み寄ったり議論をしたりしようと思っていないわけです。こんな状態では困っているこちらの側だけが共生のコストを引き受けることになって、アンフェアです。

大事なのは言い返すことそのものではなく、言い返したい側が何を正しいと思い、それが本当に正しいかどうか。そこが解っていれば楽になるし、正しい考えに基づいて、話が通じない人から逃げるのはかまわないと思うんです。むしろ、理不尽な人からはちゃんと皆が逃げた方がいい。酷な言い方に聞こえるかもしれませんが、孤立させるという戦い方もあるはずです」

「この人はどうにも話が通じない、という人を『見捨てる』ことが正しい場合はあると思うんです。私は学者なので、他人を説得するプロセスを大事にしたいのですが、聞く耳をもたない人を説得しようとするのは不毛だからやめようって思いもある。

『戦わなきゃ病』って辛くないですか? 戦える余力があるときは戦う、ない時は、この人とは話が通じないから私が頑張らなくていい、と思えばいいのではないでしょうか」

モヤモヤする、傷つく言葉。しかしその理由を自分で冷静に分析することができれば次に進めるのかもしれない。

「それは大事です。しかし傷ついた人が『私は間違ってない』と自分で考えて納得するのはなかなかツライ作業です。だからこの本には、『あなたが間違っていないことは、私が検討して、確認しておきました。ですから、その説明を読んで納得してもらえればそれでOKです』というメッセージを込めたつもりです」
 

阿部知代
阿部知代

テーマ:美を見つける。
モットー:丁寧に生きる。

1986年アナウンサーとしてフジテレビジョン入社。ニュースからバラエティ、ナレーションなど幅広く担当する。
パリ、NY勤務を経て2015年より報道局所属。歌舞伎、文楽、落語からオペラ、バレエ、ミュージカル、音楽など「ライブ」を愛し年間約150本を観る。LGBTアライ。ユニバーサルマナー検定2級。河東節浄瑠璃名取。