ダリもアインシュタインもシエスタが好き

ダリのシエスタの話は有名だ。

1、肘掛のある椅子で
2、手に鍵を持ち、
3、リラックスして居眠りする。
4、眠りに落ちると、手から鍵が落ちて音がする。
5、インスピレーションに満ちて目が覚める。

という方式だ。床には皿を置いて、落ちた時の音が大きく鳴るように したというから、周到だ。カプチン フランシスコ修道会の僧の伝達だというこのマイクロシエスタだが、アインシュタインは鉛筆で実践していたとか。

スペインではシエスタはもちろん悪い習慣ではなく、むしろ体に良いという認識の方が一般的だ。

毎日シエスタをするのはわずか16%

しかし、実践している人が多いかというと、意外にも「毎日シエスタ組」は統計上では少数派。2016年スペインベッド協会が実施した調査では、約6割がシエスタをしないという数字が出た。毎日シエスタをしている人が16%。時々が22%、週末だけが3%。州別ではやはり暑い地方の方がシエスタの習慣が顕著で、北部で寝ている人は少数派。シエスタ組では、ソファで寝る人が72%と圧倒的に多く、ベッドでしっかり休む人が28%。シエスタ実行時には平均1時間の休息をとっている。

2016年当時の首相 マリアノ ラホイが「スペインの時間割を他のヨーロッパに合わせる、18時には終業する」と呼びかけたことがあったが、 このイニシアチブには外国メディアの方が騒ぎ立て、国内での論議はあっという間に終わってしまった。自然には逆らえない、というわけだ。

シエスタは、暑く日照時間が長いスペインならではの習慣である。日が最も長い夏至の日で日照時間が15時間3分(マドリード)、 6月中旬から7月半ばまでの日の入りは21時30分前後。7月の東京の日の入りは19時ごろだから、夏にスペインに来る旅行者は「いつまでたっても明るい」事に驚く。

日照時間が長いスペイン
日照時間が長いスペイン
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暑い夏を乗り越えるサバイバル術だった

スペインの日の長さは、白夜のような明るさではなく、日中の暑さが伴っていつまでたっても日が暮れないという感覚だ。ここ最近の温暖化の傾向で、スペインも随分アブノーマルな天気が続いているが、通常夏の15時から18時ぐらいまでは、外は40度を超えることも珍しくなくなってきた。そんな気象と日照時間の国が生み出したシエスタは、昔からのサバイバル術とも呼べるだろう。

例えば、スペインの南部はヨーロッパの一大野菜生産地だが、こうした農業地帯では夏には早朝6時 にすでに働き始めるところも多い。そして15時には作業を終了させる。最も暑い時間には野外に出ることなく、自宅でゆっくり休め、もちろんシエスタも可能だ。

スペインの南部に広がる農地
スペインの南部に広がる農地

スペインでも働き方改革

ここ数年、シエスタを肯定する記事や論旨もよく見かけようになった。心臓疾患の患者を支えるスペイン心臓財団も、そのHPで「良いシエスタが心臓疾患を緩和する」とその重要性を説いているし、健康雑誌なども10分から20分のシエスタを推奨する。

とはいえ、オフィスワークの多い都会部を中心に一番暑い時間に長く休むという感覚は薄れてきているのは確かだ。日本よりもずっと休暇も多く、土日の休みも一般的なスペインですら、「仕事と家庭の両立」は労働者の基本的な権利として、労働時間を改正する職場も増えている。都会のオフィスの勤務時間は通常9時から18時、昼休みは1時間だ(伝統的には9時−14時、16時または17時〜18時または19時、地方都市ではまだ家に戻って食事をする人も多い)。

昼間に長い休み時間を取らずに(つまりシエスタ時間は省略して)、夕方なるべく早く仕事から解放されて個人生活を充実させようというのが、労働時間改正の下地になる認識だ。スペインの特有の習慣と言われてきたシエスタも、こうした社会のニーズと流れに沿って、実践者がまた減少してゆくのかもしれない。

【執筆:ライター&コーディネーター 小林 由季(スペイン在住)】

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小林 由季
小林 由季

95年よりスペイン在住。フリーランス通訳、ライター、コーディネーター 。
フラメンコ、闘牛、シエスタ、パエリア以外のスペインを伝えたいと、
様々な媒体と方法で日本とスペインをつなぐお手伝いをしています。