オーストラリアに一家で移住も夫は“主夫”に…小島慶子が明かす“孤独な闘い”

  • 夫は“主夫”になり、収入源は小島さんの日本での仕事
  • 高2の息子「うまくいっているからいいと思う」
  • 小島さん「面白いけど、“オモしんどい”」…なぜ、移住を続けるのか?

元TBSの人気アナウンサーで、退社後もバラエティー番組を始め、コメンテーターやエッセイストなど幅広いジャンルで活躍する小島慶子さん、46歳。

これまでさまざまな芸能人の海外移住に密着してきたが、6月27日放送の「直撃!シンソウ坂上」(フジテレビ系)では、オーストラリア西海岸のパースに移住した小島さんに密着した。

収入源は小島さんの稼ぎだけ…

1972年にパースで生まれた小島さん。商社マンの父親の転勤のため、3歳までこの街で育った。

街の中心から車で20分にある小島さんの自宅は、オーストラリアの平均的な古いタイプの平屋建て。前庭と裏庭があり、ベッドルームが4つ、リビングルームが2つ、ダイニングとキッチンとランドリールームという間取り。

小島さんは「家賃は私が東京で借りている、都心の便利なところにあるセキュリティーの良い一人暮らし用のワンルームマンションよりこっちの方が安い」と明かした。

5年前の2014年に、夫と2人の息子と共にオーストラリアに移住した小島さん。テレビディレクターだった夫が仕事に疑問を感じて退職し、今の収入源は小島さんの稼ぎだけ。

取材した6月、小島さんがオーストラリアにいたのは8日間だけで、残りの22日間は日本での仕事。この1ヵ月の間に行った仕事は、テレビやラジオが11本、イベント・講演が7本、取材が2本に原稿の締め切りが15本もあった。

高2の息子「うまくいっているからいいと思う」

パースという土地を選んだ理由について小島さんは「私が生まれて3年間住んでいたから、いつか行ってみたかった。息子たちにとっても、“ママが生まれた街”だと思えば引っ越しても安心かなと思った」と話している。

母親から5年前、突然オーストラリアへ行くと聞かされた、当時小学5年生と2年生の息子2人はどう感じていたのか。

現在、高校2年生の長男は「『行ってみたらどうかな』という提案の時点で、もうママがすごく気合が入っているのが分かったから、多分行くんだろうなと思った」と明かし、現在、中学2年生の次男も頷いた。

また、母親は日本へ働きに行き、父親は主夫という家庭環境について長男は「ママが日本で働いてくれるのはありがたいし、パパがこっちでいろいろと料理を作ってくれるのも小さい頃からそんな感じで、それも好きだし、違和感はない。それでみんなうまくいっているからいとってもいいと思う」と語った。

次男も「ママが仕事をしているのは寂しいけど、お金を稼いでいるからいいと思うし、パパが家にいて面倒を見てくれるのもいいかな」と明かした。

さらに、将来について長男は高校卒業後にはパースの大学へ行きたいとし、「理学療法を勉強したい」と話し、次男も「パースで仕事もしたいけど、メルボルンとかも行きたい」と語った。

夫「今でもずっと落ち込んでいる」

一方、家事を一手に引き受け、息子たちをサポートする夫と小島さんの食材の買い出しにも同行。

オーストラリアでは、10%の消費税(GST財・サービス税)がかかる一方で、野菜・果物・肉・魚など主な食料品のほか、医薬品や水道費などは非課税だという。

普段食卓に並ぶのは和食が中心だが、夫は「オーストラリアのスーパーで売っているものだけで作るようにしています。子どもが作る時にも役立つと思うので」と話した。

どうしても必要な乾物などは、小島さんが日本から戻ってくる時にまとめて補充しているという。

そんな小島さんと夫は、どんな5年間を送ってきたのか。

小島さんは「最初の3年くらいは家族みんな精一杯だった」と振り返り、夫も「オーストラリアに来て、子どもを連れてきて新しい生活を始めるにあたって、子どもを不安にさせたくないと思った」と打ち明けた。

こうした夫の話を聞き、小島さんは「『俺、できるかな』とか不安に思わなかったの?」と問うと、「そう思う暇がなかった。もう毎日半泣き。学校から来るメールも読めない、先生の面談に行っても言っていることが分からない。英語から逃げ回ってきたのに、最後の最後で捕まったわけだからね」とこぼした。

英語を勉強してもうまくならない自分に落ち込むこともあり、「今でもずっと落ち込んでいる」と、ずっと抱えていた苦悩を明かす夫に、小島さんは「すごく孤独じゃない?どうしていたの?」と聞くと「“今から弱い時間”“今から弱ります”って決めて、昼間に家のカーテンを全部閉めて真っ暗にして“今弱いですから”“すみません、弱いです”と何もしないでぼんやりして。子どもを迎えに行く時間になったら、切り替えたりしていた」と告白した。

「“寂し死に”するかと思った」

一方、家計を支え続けながらこれまで知らなかった夫の本音を聞いた小島さんもつい本音がこぼれてしまう。

小島さんは「東京に1人でいる時、そっちはいつも3人で、私はいつも1人だから。今は慣れたけど、“寂し死に”するかと思ったくらい、寂しかった」とし、「当時は、子どもが小さかったからなるべく帰ってあげたかったけど、そうしたら仕事の量を減らさないといけない。2人で稼いでいたのが(夫の退職で)1人になって、1人の働ける時間も今までの半分になったら、単純計算で今までの4分の1の労働で一家を養わなければいけなかったから、すごく不安だった。私の不安もどうにかしてほしいっていう思いもあったから、『何で仕事辞めたの!?』とか、『本当にあなたが仕事を辞めたから、怖くてしょうがないんだけど』とか言っちゃったんだよね」と振り返った。

夫がオーストラリアで奮闘していたとき、小島さんも日本で孤独と闘っていたのだ。

そんな不安だらけの夫婦を支えてきたのが、14年前にパースに移住してきたという高橋祐子さん夫婦。彫刻家の祐子さんと偶然知り合い、愚痴や悩みなども話せる唯一無二の親友になった。

「面白いけど、“オモしんどい”」

だが、苦しい思いをしてまで、なぜオーストラリアの移住を続けるのか。

小島さんは「夫が仕事をしていない中、どんなことができるのか考えた結果、日本じゃないところでの子育てに行き着いた。世界中のどこでも生きていけるようになってほしかったので、語学もそうですし、いろいろな人と触れ合ってほしかった。多様な人々との触れ合いの中で育つということが大事かなと思った。オーストラリアは移民の国ですし。教育目的なので“教育移住”という言い方ができるのかな」と話した。

息子たちの未来のために決断した海外移住。5年が経ち、芽生え始めた思いもあるという。

それは「息子たちを見ていると、これで良かったと思えるので、本当にあの2人のおかげだと言っています。親バカですけど、よく育っているなと思う私も頑張っているんですけど、夫がずっと側にいて、いろいろな形で『君たちはそのまま、そこにいていい』『君たちは素晴らしい』と、毎日いろんな形で示しているからだというのがよく分かる。面白いけど、“オモしんどい”。本当に」と涙を浮かべながら笑った。

スタジオで番組MCの坂上忍は「小島さんの息子さんを見る目がすごく印象的。穏やかな目をしていた。俺らが仕事場で会う時は若干怖い(笑)。下手なこと言えないなっていう緊張感を持っている人だから、すごく素敵な顔だなと思いました」と話した。

“大黒柱マザー”の奮闘は、まだまだ続いていく。


(「直撃!シンソウ坂上」毎週木曜 夜9:00~9:54)

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