言葉を失ったシッター会社の判断
「弊社では男性シッターによる新規予約受付を一時停止いたします」
6月4日、ベビーシッター大手マッチングサイト「キッズライン」のHPに突然載せられたこの「お知らせ」に、私は驚いた。何かの間違いかと思い、もう一度読み直したほどだ。
男性ベビーシッターの新規予約を一律で停止?
しかも、利用中の登録男性シッターに引き続き依頼したい場合は、ユーザーが本部に連絡の上、本来は規約違反としている直接契約を特例的に容認するというのだ。
つまりキッズラインのサービスとは関係ないところで契約してほしい、ということだろう。
ことの発端はキッズライン登録シッターが、預かり中の子供にわいせつ事件を起こしたことが明るみに出たことだ。キッズラインは1人目の被害が出たとき、わいせつ行為をしたシッターの活動をただちに停止しただけだった。半年後に別の被害者が出てしまったときも対応が遅れ、その後も会見を開かず批判にさらされている。
そうした中で突然の通知。
確かに、2件とも男のシッターによる犯罪だった。
キッズラインは「専門家から性犯罪が男性により発生する傾向が高いことを指摘され」「断腸の思いで」決断したとしている。
しかし、多くの男性のシッターを、あたかも全員犯罪者予備軍のような扱いにするのはいくらなんでも乱暴ではないだろうか。
男性保育者は疑問を呈する
実は我が家は、キッズラインを通して男性シッターを依頼したことが何度もある。4歳と5歳の息子たちは、その男性シッターになついていて、〇〇先生、今度はいつくるの?などと楽しみにしている様子だ。
性犯罪を起こすのが男性の方が多いという専門家の意見を理由に、男性を子供の保育にかかわらせなければ子供の安全を守れるというのだろうか。社会はそれをよしとするのだろうか。そして、私はこれを子供たちにどう説明できるだろう。保育や教育にかかわる男性はどう感じているのだろうか。
経済産業省の子育てに関する会議に参加し、ツイッターのフォロワー数が50万人を超える現役保育士の「てぃ先生」に話を伺った。
被害にあった子供に対して、男性保育士として申し訳ない気持ちでいっぱい、としながら、
「こういうことがあるたびに男性保育士の信頼が崩れ去って、またイチから構築するという、振り出しに戻ってしまう。すごく残念です。」
と憤った。
キッズラインの男性シッター一時停止の決定に対しててぃ先生はこう首をひねる。
「キッズラインはユーザー側がシッターを選べる仕組みですよね。企業側が男性シッターを除くのではなく、不安に思うユーザーが男性を選択しないということが可能です。その意味ではなぜ男性シッターを除外するという方向にいったのかはすごく疑問ですね。」
てぃ先生は、子供とかかわる現場では、男性女性関係なく、カメラを設置して死角をつくらない方がいいと提案している。
特にほかの人の目が届かないベビーシッターの現場では、それが子供も保育士も守ることになると言う。
「今までの保育業界はいわば人と人との信頼関係で成り立っていたところがあります。でも最近は人同士の距離は離れています。そういう中で子供への犯罪をなくすためにはテクノロジーにたよるしかないのではと思います。また、例えばお子さんがケガをしたときに責任の所在がどこにあるのかをはっきりさせないと、保育士、シッターを守ることはできないのです。ドライブレコーダーのように双方を守るということを、行政がトップダウンで義務化すればいいと思っています。」
キッズライン社長は“見守りカメラは高コスト”と
てぃ先生はキッズラインの経沢香保子社長と知り合いだという。経沢氏は事件が報道されてから表には出てきていない。てぃ先生は経沢氏と去年一緒に食事をしたときの様子を教えてくれた。
「僕は経沢さんに『なぜカメラを導入しないんですか?』って聞いたんです。そうしたら、やっぱり『コストがかかるから』って。そんなことを言ってるところでこんな事になってしまった。」
てぃ先生はベビーシッター会社3社のアドバイザーとしても活動していたことがあるが、カメラ導入の提案が受け入れられず、すべてやめてしまったという。
「確かにコストの部分も大きいと思いますが、もうひとつ、『保育士やシッターが嫌がるから』と言っていました。僕の印象として、保育や子育てには正解がないなかで、自分のした対応について『良かった』とか『悪かった』とか評価をされるのを嫌がる保育士も多いのかなと。」
なるほど、この時代、保育の現場ではカメラなどで「人の目」をしっかり確保することが性犯罪の抑止につながるという意味でもてぃ先生の言葉に納得する。そして犯罪だけでなく虐待などの暴力への抑止にもなるだろう。また何かあったときに保育士やシッターを守ることになるんだということを、まだまだ拒否感が強いという現場で働く皆さんに理解してもらうことも大切だと感じた。
なお、キッズラインは事件発覚後、安全への取り組みとして今後カメラやレコーダーの導入を進めていくとしている。
男性も女性もオープンな環境で“見守り合える”保育を
「読売ランド前どろんこ保育園」は駅から徒歩数分の、小山のふもとにあった。階段を登ると元気な子供たちの声が聞こえてくる。
私の目に飛び込んできたのは、そこかしこを駆け回る子供たちと、10人ほどの男女の保育士たち。男性はそのうち4人くらいだろうか。どの保育士も、子供と遊んだり、着替えさえたり、おやつの配膳をしたり、ベソをかいている子を慰めたりと、その場その場で男女隔たりなく仕事をしているように見える。
施設長の松久保陽子さんがニコニコしながら園を紹介してくれた。
「ここでは常にオープンで必ずほかの大人がいるような環境を整えています。」
確かに保育園の建物は開放的で、ガラス窓が多く、死角を作りにくい設計だ。
ここでもやはり人の目を大切にし、子供と二人きりにさせないということが守られている。
感心する私の横できゅっと表情を引き締めた松久保さんが続けた。
「私の園では5人の男性職員が働いていますが、彼らが同じような目でみられてしまうのは絶対悔しいので、そこは私が守っていかなくてはなりません」
現場では、保護者から実際に何も言われてはいないが、男性保育士たちはやはり「そのような目」で見られないだろうかと緊張していると口々に打ち明けてくれた。
保育園や幼稚園、そして子供が関わる現場もどうしたら子供を守れるのか、そして働く人を守れるのかという観点から環境も整えていく必要があるのではと感じた。
男女問わず、社会で子育てすることの意義
子供を犯罪から守るための仕組みや環境を整えた上で、男性も女性も保育にかかわる社会が必要だとてぃ先生は言う。
「今は働き手として男女仕事をするというのが当たり前の世の中で、男性を取り除く『やっぱり男性は育児ダメだよね』みたいな感じになってしまうと、一般家庭にも「やっぱりパパが育児やっても意味ないんじゃない?」と、おかしな方向に行っちゃう可能性があるとしたら怖いなと思いますね。」
さらに、てぃ先生はこんな警鐘を鳴らす。
「こういう事件が報道されると、『ほらね、親がみてないとダメなんだよ』とか『人に頼るのをやめろ』とか、そういう風潮が強くならないといいなと願っています。母親が、母親だから子育てをするのではなく、それぞれのその時々の環境で、それができる人が子育てをすればいいのではないでしょうか。僕も皆さんも、誰かしらの手を借りながら育っているんです。親御さんがパンクしちゃって、虐待につながるということもある。そうなるくらいなら、やっぱり他の人に頼るような育児をぜひしてほしいです。」
誰が子供を育てるのか―――。
今回の取材で感じたことがある。それは、保育の現場で子供と向き合っている皆さんは、自分たちもその一員だという誇りをもって働いているということだ。男性も女性もその点では関係ない。
どろんこ保育園で働く男性保育士の言葉を思い出す。
「保育園って子供たちが何かを学ぶ最初の場ですよね。自分がかかわった子供たちが社会を変えられるかもしれない―――僕がこの職を選んだ理由です。楽しいです。」
子供たちと一緒に泥んこになりながら、その男性保育士はキラキラした目で答えてくれた。
【インタビュー&執筆:フジテレビアナウンサー 島田彩夏】
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