「この事件は週刊誌の記事が出なければ、おきなかったかもしれない」

溜息交じりに捜査関係者はこう漏らした。

市川猿之助容疑者が父親への自殺幇助の疑いで再逮捕され、今日送検された。
焦点となったのは母親の時とは微妙に異なる。
父親に自殺の意思があったのかではなく、その意思を持つことができたのかに注目が集まった。

当初は父親が寝たきりで判断能力がないとの一部報道もあったからだ。

猿之助容疑者と父親の市川段四郎、本名・喜熨斗弘之さん
猿之助容疑者と父親の市川段四郎、本名・喜熨斗弘之さん
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自分の意思さえ示すことができない状態の人間は自ら命を絶つことはできない。そうなると猿之助容疑者自らが手をかけたことになるのではないか。そういう疑念がわいていたのである。

警視庁は今回の再逮捕にあたり、父親は寝たきりではなく要介護認定もされておらず、自立した生活ができ認知能力もあったと強調した。自らの意思で自殺を選ぶことができる状態だったというのだ。

また両親の遺体からは向精神薬が検出され、鑑定の結果、母親の遺体からは少なくとも致死量に近い薬物が出たこともわかった。さらに2人の遺体には窒息死の所見がなかったことも明らかになった。

仮に窒息死であれば、瞼の裏に出血点が出るなど、遺体に様々な兆候が出てくる。苦しんでもがいたとすれば首などに引っ掻き傷が残るものだ。そうしたものは一切なく、両親にビニール袋をかぶせたという本人の供述も、直接的な死因にはつながっていないことが判明したという。

こうしたことから、2人の死因は向精神薬を飲んだことによるものだったと結論づけられた。家族会議を開いて3人で自殺しようとなったこと、薬を用意したこと、その薬を細かく砕いて渡したことなど、猿之助容疑者の一連の供述が、大筋裏付けられたと言える。

自殺に至った真の動機 未だ判らず

自殺を思い立ったきっかけは、本人の供述にもあるように、自身の醜聞について週刊誌に記事が出ることを知り、激しく動揺したからなのだろう。しかし家族全員で死のうと刹那的に一致したというのであれば、そこが理解できない。

重代にわたって伝統を守ってきた名跡も、これまでに築いてきた役者としての実績・名声も、「市川猿之助」を支えるスタッフも、数多のファンも、それら全てを、ふいに芽生えた死への衝動で簡単に捨て去ることができるものなのか。あるいは、そんなかけがえのない物を、かなぐり捨てたくなる程、猿之助容疑者が耐えられなくなった鬱懐とは、厭世観とは何だったのだろうか。

冒頭の捜査関係者が「常人には到底理解できない境地だったのかもしれない」とも話してくれて合点がいった。本当の動機はまだ解明されていないということだ。

捜査は大詰めの段階に入り、猿之助容疑者は8月8日に勾留満期を迎える。今後明らかになる事件の全容にメディアの一員としても、刮目して受け止める必要があると言える。

(フジテレビ解説委員・上法玄)

上法玄
上法玄

フジテレビ解説委員。
ワシントン特派員、警視庁キャップを歴任。警視庁、警察庁など警察を通算14年担当。その他、宮内庁、厚生労働省、政治部デスク、防衛省を担当し、皇室、新型インフルエンザ感染拡大や医療問題、東日本大震災、安全保障問題を取材。 2011年から2015年までワシントン特派員。米大統領選、議会、国務省、国防総省を取材。