重症患者の致死率・・・「重症化予防」に効果はあるか

目を背けたい数字がある。
「人工呼吸器を装着した患者のうち、88%が死亡」
アメリカ・ニューヨーク州の医療機関「ノースウェルス・ヘルス」が系列の病院の入院患者を調査し、公開した報告書で明らかにした。このショッキングなデータが、地元メディアの見出しに大きく掲載されたのを見たとき、背筋がゾッとするのを覚えた。

新型コロナウイルスの病状として「短期間で急速に重症化する」という特徴がある。
この「重症化を予防する」というのが、医療現場では今、非常に重要なテーマとなっている。この課題に、アメリカ東部で挑んでいる日本人医師を取材した。

マサチューセッツ総合病院の麻酔科医・市瀬史(いちのせ・ふみと)医師。市瀬医師らは、3月から、「一酸化窒素」をコロナ患者に吸入させるという臨床試験を行っている。

この「一酸化窒素」とは、どんな働きをするのか。

市瀬医師:
一酸化窒素は私たちの細胞も出しているガスで、おもに血管を拡張させるものです。
それが最初に注目されたのは、新生児の肺高血圧という病気。赤ちゃんの肺の発育が悪かったりすることで、肺の血圧が上がってしまう病気で、それまで治療法はありませんでしたが、一酸化窒素を吸入させることで、効果が見られました。肺の血圧を下げればよくなるのは大人も同じなので、大人の肺疾患にも一酸化窒素吸入は行われています」

マサチューセッツ総合病院 市瀬史医師

血管を広げるという効果があり、通常の肺疾患治療にも使われる一酸化窒素だが、なぜ、新型コロナウイルス患者の臨床試験に踏み切ることになったのか。きっかけは2003年に、中国で流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の患者に使用し、一定の効果が認められたことだ。当時のSARSウイルスと、今回の新型コロナウイルスはもちろん違うものだが、かなり似た点もあるという。

今回、市瀬医師らが行っている患者への臨床試験は、おもに以下の2つだ。

市瀬医師「一つ目は重症患者に対してです。重症患者は自分では十分な酸素を取り入れられない状態なので、人工呼吸器で呼吸をサポートします。その人工呼吸器を通して、一酸化窒素を吸入させることで、肺の障害がよくなり酸素を血液に取り入れる力が戻り、肺から管を抜いて人工呼吸器から離脱できるかどうか、について臨床試験で調べたい。二つ目は、軽症から中等症の患者さん。この患者さんは自分で呼吸ができますが、重症化すると人工呼吸器が必要になってきます。こうなると予後が悪くなります。軽症と中等症の患者さんにマスクなどから一酸化窒素を(吸入)させることで、重症化を防げるのではないか、と。ここが知りたい。これがわかれば有効な治療法になると考えています」

冒頭に示したデータでも、人工呼吸器を装着する重症化患者の予後は非常に悪いことがわかっている。

臨床試験の目的は重症患者は「脱・重症化」、そしてそれ以外の患者は「重症化させない」効果について調べることだ。

「呼吸が楽に」短期的には改善 長期の効果は・・・?

―ー現在のところ、効果はどうですか?

市瀬医師:
「まだ正式結果はわかりませんが、今までのところ、一酸化窒素を吸入した患者ではほとんどが、酸素を取り入れる能力が良くなっています。この病気の患者は呼吸の回数が多いのが特徴です。健康な人間は1分間に15回程度の呼吸ですが、新型コロナの患者は1分間に30回以上呼吸をして、はあ、はあ、といっている状態。これが一酸化窒素ガスを吸うと呼吸数が下がる(患者が多い)」

短期的な改善は見られるが、回復につながったり長期的な改善が見られるかはもう少し臨床試験を続け、経過を見たうえでの検証が必要だという。

一酸化窒素吸入のための医療機器(手前)

ーーそもそも、なぜ一酸化窒素で血管が拡張すると呼吸が楽になるのですか?

市瀬医師:
「新型コロナウイルスにより呼吸が苦しくなるのは、肺から取り込まれて血液によって脳や心臓に運ばれる酸素の量が少なくなるからです。新型コロナウイルス肺炎になると患者の肺の近くの血管は細くなったり血栓ができたりして流れが悪くなって酸素を取り込みにくくなります。そこに一酸化窒素が吸入されると、肺の近くの血管に達し、血管を広げて血栓をできにくくするので血液の流れを良くすることができます。流れが良くなった血管には、肺から十分に酸素を取り込むことができるから息が楽になります」

薬投与NGの妊婦 “唯一”の治療法になるか

また、この治療法の効果が証明されれば、市瀬医師がぜひ活用したいと考えている患者がいる。それは、妊婦の感染者だ。

妊婦は、アビガンを含めた多くの治療薬が使うことができない。しかし、ウイルスは、侵入する人間を選んではくれず、実際に多くの妊婦が感染している。一酸化窒素は妊婦にも副作用がほとんどないとされているので、効果が証明されれば、ほとんど唯一の治療法になるといっていいだろう。実際、市瀬医師の病院でもすでに4~5人の妊婦が一酸化窒素を吸入しており、回復してすでに出産した女性が少なくとも2人いるという。

ウイルスを殺せる?“感染予防”効果も調査・・・しかし注意点も

治療目的以外にも、市瀬医師らが調べているテーマがある。
一酸化窒素が、「新型コロナウイルス」そのものを殺せるかどうか、だ。

前述の2003年のSARSウイルスの場合、試験管の中では一酸化窒素がウイルスの活動を抑制し殺すことができた、という報告がある。そのSARSウイルスと似ているという今回の新型コロナウイルス。一酸化窒素には果たして、新型コロナウイルスを殺す効果があるのか・・・?

もしそうなら、医療従事者に一酸化窒素を吸入すれば、感染リスクを低下させられるのではないか、との仮説も成り立つ。

そこで日々、新型コロナウイルス患者の治療に当たっている医療従事者数10人に治療に当たる前と後に、それぞれ15分間ずつ一酸化窒素を吸入してもらい、感染率が下がるかどうかの実験も始めた。市瀬医師もそのうちのひとりだ。

市瀬医師「この病院では医療従事者400人以上がすでに感染しているんです。PPE(=個人防護具。医療用マスクやゴーグル、ガウンなど)が不足している場合は非常に危険なので、医療従事者を守る方法はないかとトライアルしています。方法はマスクから一酸化窒素を15分吸う方法です。結果は、今のところわかりません」

仮に患者からウイルスを吸い込んだとしても、体内で増殖を止められるかを実験しているが効果はまだわかっていない。
特に、一酸化窒素は医療関係者しか取り扱うことができず、市販もされていないものなので、感染を予防したいからといって一般の人が安易に吸入することは絶対にいけないと市瀬医師は警告する。

マサチューセッツ総合病院に加え、ルイジアナ州とアラバマ州の医療機関も共同で行っているこの臨床試験。FDA=アメリカ食品医薬品局も高い関心を寄せていて、定期的に途中経過報告をするよう求められているという。また、日本の医療関係者からも問い合わせを受けていると、市瀬医師は話す。5月中旬には途中経過を発表する予定だ。

多くの命を奪った新型コロナウイルスには依然、未知の部分が多い。
「できることは、なんでもやっていきたい」
どうすれば治療や予防に効果が得られるのか。
市瀬医師は、一人でも多くの命を救うため、検証を続けている。

【執筆:FNNニューヨーク支局 中川眞理子】