マスク姿の異例選挙

新型コロナウイルスの感染者が1万人を超えた韓国。PCR検査と隔離の徹底により、4月8日までに新規感染者の増加は50人前後に減少している。

外出自粛や海外からの入国者の隔離などの防疫措置が続く中、4年に一度の国会議員選挙が始まり、15日の投開票に向け、各地で熾烈な選挙戦が展開されている。韓国の国会は一院制で定数は300、253の小選挙区と47の比例代表区で議席を争う。

新型コロナウイルスは選挙の風景を一変させた。

感染拡大を防止するため、立候補者も有権者もマスク姿。選挙戦に付きものの握手はなし、大規模集会は中止され、遊説の際も2メートルのソーシャルディスタンスを守る、という異例の選挙戦が続いている。

握手のかわりに拳で挨拶(未来韓国党のHPより)
マスク姿で選挙戦に臨む党代表の黄教安候補(未来韓国党HPより)

今回の選挙は文在寅(ムン・ジェイン)大統領の政権運営に対する“中間評価”の性格を持つと同時に、2年後の大統領選挙の前哨戦となる。与党・共に民主党と最大野党の未来統合党のどちらが過半数を獲得するかで、大統領選の行方にも大きな影響を及ぼすからだ。

野党の未来統合党は2月半ばに自由韓国党と少数野党の新しい保守党など保守勢力が合流して誕生した。朴槿恵(パク・クネ)前大統領の弾劾で分裂状態だった保守勢力が、与党に対抗するため選挙を前に結集したのだ。トップは自由韓国党の黄教安(ファン・ギョアン)元首相が引き継いだ。

選挙前の現有議席は、共に民主党が120議席、未来統合党が92議席。2大政党を軸とした対決の構図の大枠は変わらないが、選挙制度改革により思わぬ変化が起きていた。

共に民主党から立候補した李洛淵前首相は自分の名前入り特製マスクで選挙活動(HPより)

選挙制度改革で小政党が乱立

今回の選挙で韓国は「準連動型比例代表制」(小選挙区連動型)を導入した。聞き慣れない制度だが、比例47議席のうち30議席に連動率50%を適用し、小選挙区での獲得議席が少ない小政党に優先的に議席を配分する。得票率3%以上で少なくとも1議席を確保できるという。小政党は死票を減らすことで、議席を獲得しやすくなる一方、大政党は議席を制限される。

この結果、今回の選挙に候補を登録した政党は51党に上った。前回2016年の選挙では27党だったから、ほぼ倍増した形だ。比例に候補を登録したのは35党で、新たに政界進出をめざす少数政党の乱立が目立つ。

そもそも少数政党の政界進出を促すための選挙制度改革だったはずが、票を減らすことに危機感を覚えた与野党は、小選挙区とは別に比例用に新政党を作った。与党「共に民主党」は「共に市民党」、最大野党の未来統合党は「未来韓国党」を創設し、ほぼ一体となって選挙運動を展開している。

これまで韓国の選挙では大政党に所属していないと当選は困難で、無所属候補には不利だった。選挙制度が変わったことで、大政党の公認が無くても選挙に出られる機会は増えた。しかし、与野党がそれぞれ比例政党を設立したため、小政党の政界進出を促すという制度改革の狙いはもはや形骸化している。

政党数が膨れ上がったことによる副作用も生じた。比例代表用の投票用紙は長さが48.1センチに達し、自動開票機に入れられなくなってしまった。このため、開票作業は18年ぶりに手作業に逆戻りすることを余儀なくされた。

長さ48センチの投票用紙(現地SNSより)

「日本から4兆ウォン受け取る」「チョ・グク守護」…小政党のトンデモ公約

比例代表に候補登録した政党を見ると、「国家革命配当金党」「行こう!平和人権党」など異色の政党も目に付く。

「国家革命配当金党」は20歳以上の全ての国民に1人あたり月150万ウォン(約13万40000円、1ウォン=約0.9円)、結婚手当1億ウォンなどの支給を公約にしている。財源は国家予算の60%節約により捻出するという。実施は国家革命配当党が国会で過半数を獲得した後となっていて、実現の可能性は限りなく低い公約が並ぶ。

「行こう!平和人権党」は元徴用工の遺族らで作る比例政党だ。与党系の比例政党「共に市民党」の公認が得られず、独自に候補を擁立した。政策順位の1位に「過去清算は健康な韓日の未来設計」を掲げ、「日本が供託した強制徴用未払い労賃4兆ウォン台(約3600億円)を日本から受け取ります」と宣言。北朝鮮と共同で日本と交渉して4兆ウォンを受け取り、元徴用工や遺族らに分配するなどと主張している。

「開かれた民主党」は「文在寅守護」「チョ・グク守護」を訴え、検察と全面対決する姿勢を打ち出している。与党系の姉妹政党とは認められてはいないが、事実上の“親文在寅”政党だ。比例名簿には、大統領府の秘書官や、スポークスマンを務めた文大統領の側近、著名議員など与党で公認を得られなかった候補者が名を連ねる。

チョ・グク前法相は、2月に娘の不正入学や奨学金受領に絡んだ収賄など12の罪で検察に在宅起訴され、現在も公判中だ。一時は文大統領の後継者と目され、カリスマ的な人気を誇っただけに、今も熱烈なチョ・グク支持者が存在する。与党・共に民主党はチョ・グク氏と袂を分かったが、開かれた民主党がチョ・グク氏支持層を取り込めば、穏健な与党支持層とすみ分けが進み、与党系勢力の支持が広がる効果が期待できる。

「総選挙は韓日戦」…“反日”で選挙活動

与党・共に民主党は、今回の選挙を「韓日戦」と規定し、野党・未来統合党を「親日勢力」と断定して、選挙戦を展開する方針だ。朝鮮日報など複数の韓国メディアによれば、共に民主党の選挙対策本部が対外秘で作成した「総選挙戦略・広報・遊説マニュアル」には次のような文句が記されていた。

「私たち国民は今回の選挙を“日韓戦”と呼ぶ」
「統合党は、日本の安倍政権を擁護し、日本には一言の批判もできない。日本政府には限りなく屈従的で、韓国政府に対しては非難することだけに汲々としている」
「統合党は日本製品不買運動の当時、日本政府の味方をするのに忙しかった」
「朴槿恵政権の時、屈辱的な韓日合意で日帝被害者たちの胸に釘を刺した」

「総選挙は韓日戦だ」のスローガン(現地SNSより)

未来統合党を「親日勢力」と断定する一方、与党を親日勢力と戦う「義兵」に見立て有権者に支持を訴える作戦だ。与党支持の市民団体もこの動きに呼応している。

ソウルの中心部には「投票で100年親日清算!投票で70年の積弊清算!」とかかれた横断幕が掲げられた。この横断幕はSNSなどを通じて拡散され、総選挙の争点として“反日”が急浮上している。

ソウルの街中に掲げられた「投票で百年親日清算」の横断幕(現地SNSより)

与党系の比例政党・共に市民党からは筋金入りの“反日”活動家も出馬している。元慰安婦の支援団体前代表の尹美香(ユン・ミヒャン)氏だ。比例名簿7位で当選圏内と見られている。尹氏はソウルの日本大使館前に慰安婦像を設置し、毎週水曜に大使館の前で日本批判の集会を開催してきた。2015年の日韓合意にも強く反発し、文政権誕生後には元慰安婦支援財団を解散に追い込んでいる。当選すれば、慰安婦問題や、元徴用工への賠償問題などで強硬姿勢を取るよう韓国政府に求めるのは確実とみられる。

中盤戦は与党優勢…総選挙後に反日の“悪夢”

選挙戦は中盤に入ったが、これまでのところ与党・共に民主党が優位を保っている。

韓国の大手紙・中央日報が4月3~4日に実施した世論調査では、共に民主党支持が41.9%だったのに対し、最大野党・未来統合党は24.8%と約17ポイントの差がついた。文在寅大統領の支持率も56.4%と55%の大台を超え、新型コロナウイルス対策が国民に評価されている。

一方、比例では与党系の共に市民党が21%、野党系の未来韓国党が20.7%と拮抗している。これに開かれた民主党9.9%、正義党8.5%と続く。

開かれた民主党、正義党も革新系であることを考慮すると、比例では革新系が40%以上を占める。支持政党がない人や、決めていない人も30%近くいるものの、革新優位の選挙戦が続きそうだ。革新系が国会で多数派となれば、対日強硬路線がますます幅をきかせることになるだろう。

日本の輸出規制措置や、韓国のGSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)破棄などを巡って冷え切った日韓関係。昨年12月にようやく政府間の対話が再開したが、新型コロナウイルス拡大防止のため日本側が韓国に入国制限を課したことに、韓国政府が強く反発するなど関係改善の道筋は見通せていない。元徴用工訴訟で原告側が差し押さえた日本企業の資産の現金化問題など難問が山積する中で、総選挙後の日韓関係がどう変わるのか。問答無用の“反日”議員が増えることで、対話解決の道がさらに難しくなることが懸念される。

【サムネイル画像:尹美香氏のブログより】

【執筆:フジテレビ 国際取材部長 兼 解説委員 鴨下ひろみ】