紛争のエスカレーション・コントロール

1月3日に行われたイランの革命防衛隊・クッズ部隊のソレイマニ司令官殺害に前後して、米・イラン間の軍事的緊張が高まった。未だワシントンでは、ソレイマニ殺害の法的根拠を含むトランプ大統領の衝動的決断の危うさや、今後の中東情勢に与える影響などが議論されている。

他方で、今回の軍事的緊張は、両国の正規軍人・民間人に多数の死傷者を出すような本格的な攻撃の応酬には発展せず、意外にもエスカレーションは抑制された。以下では、今回の米・イラン間の対立を、紛争のエスカレーション・コントロールや日本の安全保障にとっての視点から考えてみたい。

殺害されたソレイマニ司令官

トランプ大統領がソレイマニ殺害という決断を選択・実行したことは、(一部の情報関係者を除けば)多くの専門家にとって予想外かつ急展開の事態であったのは事実であろう。しかし、2019年末から2020年初めにかけての緊張は、必ずしも米側の行動に起因するものでなかった。

事の発端は昨年12月27日に、イラク北部のキルクークにある軍事施設に対して30発以上のロケット攻撃が行われたことに始まる。この攻撃により、米国人の民間契約要員(defense contractor)1名が死亡した他、米・イラク軍人にも負傷者が発生した。同様の攻撃は数カ月前から散発的に発生しており、米政府はこの攻撃をイランが支援するシーア派組織「カタイブ・ヒズボラ」によるものと非難した(*同組織は、米政府によって海外テロ組織に指定されている)。

2日後の29日、米軍はキルクークの軍事施設攻撃に対する報復として、カタイブ・ヒズボラの拠点5か所に対して空爆を実施し、戦闘員25名を殺害。この報復攻撃の後、米国防省はイランと関連組織に対し、米軍および関係国軍に対する攻撃をやめるよう声明を出した。

「ベンガジ事件再来」の予感

ところが、事態はこれで収束しなかった。31日、米軍による空爆で死亡した戦闘員の葬儀後、バグダッドの米大使館前に集まった抗議者らが、大使館に侵入を試みるなどして放火や投石などの破壊行為を行ったのである。米政府関係者によると、この抗議者らの多くはカタイブ・ヒズボラの関係者であり、大使館の外側ではイランの支援を受ける司令官が大使館への襲撃を組織的に計画・煽動していたとしている。同日、エスパー国防長官は大使館スタッフの安全を確保するため、追加部隊の派遣を急遽決定した。

2019年12月31日 攻撃を受けたバグダッドの米大使館

ここで緊急派遣が決定されたのが、クウェート駐留の海兵隊緊急即応特殊部隊であった。同部隊は、2012年9月にリビアのベンガジで発生した米領事館襲撃事件で救援が間に合わず、当時の駐リビア米大使や警備担当の契約要員ら米国人4名が死亡したことを契機に設置された。ベンガジ事件を「オバマ大統領やクリントン国務長官の“過失”」として非難してきたトランプ大統領やポンペオ国務長官にとって、米要員の死亡と大使館襲撃を経た事態のエスカレーションが「ベンガジ事件の再来」を予感させる政治的なプレッシャーとなったことは想像に難くない。実際、トランプ大統領は12月31日の時点で、「イラクの米大使館は安全だ!…彼ら(襲撃者)非常に多くの対価を支払うだろう!これは警告ではない」、「反ベンガジ!」とツイートしている。

「米国やイスラエルは私を殺せない」

1月3日未明のソレイマニの車列に対する攻撃作戦は、こうした一連のエスカレーションの中で行われた。本作戦は、オバマ政権時代から時折行われてきた無人機による標的殺害(targeted killing)の一例であるが、ソレイマニ司令官は、長らく発見の困難であった2001年の同時多発テロの首謀者オサマ・ビン・ラディンなどとは異なり、その動向については米国やイスラエルの情報機関によって平素からある程度捕捉されていた。つまり、ソレイマニを殺害するチャンス自体は以前にもあったにもかかわらず、米側はそれを実行していなかったことになる。一方ソレイマニにも、イラクやシリアなどにおける現地指導等の動静をさほど厳重に秘匿しようとする様子は見られなかった。イラン指導部やソレイマニ自身も、自らの動きが捕捉されていることは自覚しながらも、権力中枢に近く影響力の大きい自分を、米国やイスラエルが堂々と殺せるはずがないと高を括っていたところもあるだろう。

いずれにしても、ソレイマニ殺害によって米・イラン関係は一気に緊張した。イラン政府は3日間の喪に服した後、報復を行うことを宣言。米側もイラン側の報復に備えて、米軍部隊の増派や関連施設の防衛、早期警戒体制の強化を行った。

「アメリカに死を!」と叫びトランプ政権を非難する群衆
燃やされたアメリカとイスラエルの国旗

そして1月8日未明、イラク西部のアルアサド航空基地(米軍1500名・イラク軍数千名が駐留)に対して、イランからの連続的な弾道ミサイル攻撃が行われた。米軍の駐留拠点が本格的な弾道ミサイル攻撃に晒されたのは、筆者が知りうる限り初めてのことである。もっとも、同基地には7日23時頃までの時点で、早期警戒情報に基づき攻撃の前兆を察知しており、人員の大半は掩体壕などに避難していたため死傷者は出なかった。

イランからの発射されたミサイルの破片とみられる画像(ツイッターより)

エスカレーション回避対応をとったイラン

ここで衛星写真から攻撃後の基地の被害状況を見てみると、イランの興味深い意図が浮かび上がる。イランから発射された短距離弾道ミサイルは、およそ15~17発(イラン側は22発発射と発表)とみられており、そのうち4発が作動不良、1~2発がイラク北部のアルビルに落下、残り10発程度がアルアサド基地に着弾した。衛星写真からは、2か所が滑走路、その他は無人機等の格納庫のような場所にピンポイントで着弾しており、米兵が寝ているはずの宿舎などは攻撃対象にしていなかった。攻撃の時間帯が未明であったことも踏まえると、イラン側は多くの米兵を殺傷しうるターゲティングが可能であったにもかかわらず、あえて米側の人的被害を局限する抑制的な報復にとどめたのである。

この後、イランのザリーフ外相は国連憲章51条に基づく、自衛的措置を終了したとツイート。またスイス代表部経由で「米側が再報復しなければ、攻撃を継続することはしない」という趣旨の書簡を米側に送付している。このことからも、イラン側が米側とのこれ以上のエスカレーションを避けたいと考えていたことは明白だ。

イランの国連大使が国連の事務総長に送った書簡には「これ以上事態がエスカレートすることを望まない」ことを表明

一方、8日に演説を行ったトランプ大統領も、(米軍基地が多数の弾道ミサイル攻撃を受けたにもかかわらず)イランの抑制的対応を評価し、米側から再報復するといった反応を避けたため、2019年末から続いた米・イラン間の軍事的緊張は一応収束に向かった。

安全保障上の含意

さて、ここから読み取れる安全保障上の含意にはどのようなものがあるだろうか。緊張の収束期に比較的多くみられたのは「トランプの衝動的決断に対して、イランはエスカレーション回避のため、最低限の抑制的な対応を行った」というものだ。これはアルアサド基地に対する攻撃手法とその結果だけを切り取れば、その通りである。しかし、圧倒的な軍事力を有する米国を前に、米側からの再報復を避けたいイランは、(少なくとも直接的な報復手法としては)抑制的な対応をとるしかなかったとも言えるだろう。これは国家間の意思決定が合理的判断に基づいていればいるほど、事態のエスカレーションを主体的にコントロールできる手段の多様性を持っている側(escalation dominance)が有利になることの証左である。

他方で、昨年末のイランの動きは些か軽率であった。イラン側としては、シーア派民兵を使って、米側に散発的なハラスメントを仕掛けるといういつも通りの工作活動をしていただけのつもりだったのかもしれない。しかしそれは結果的に、米側(トランプ)のレッドラインを読み誤り、ソレイマニの喪失という大きな政治的・精神的打撃を被った。無論、トランプ政権の強硬姿勢が、イランやイラク国内における反米感情を高まらせ、中東地域における米国の長期的な国益を毀損するとの批判はあり得る。しかし、米国人の死傷者をほぼゼロに抑え、ソレイマニ抹殺という目標を達成したという点では、少なくとも”短期的には”米側の勝利である。

「安定/不安定の逆説」が生んだ小規模な軍事衝突

またこうした状況は、核抑止論でいう「安定/不安定の逆説」と呼ばれる現象と類似している。「安定/不安定の逆説」とは、相互核抑止が機能している状況、つまり双方ともに全面核戦争は起こしたくないという合意に基づく安定性を逆用して、核戦争に至らないレベルでは軍事行動が激化して情勢が不安定化するという現象を言う。これを米・イラン関係に当てはめると、両者には「全面戦争に発展するほどの軍事的エスカレーションは避けたい」という暗黙の合意がある一方で、「全面戦争に至らないレベルの妨害・散発的な攻撃ならば、実行しても構わない」という計算が双方に働き、かえって小規模な軍事衝突を発生しやすくしている可能性がある。

昨年末のイランの行動がそうであったように、一方が大したことのない行動だと思っていても、相手がそれを看過できない行動だととらえて、紛争がエスカレートする可能性は常にある。この誤算は、双方にとって超えてはならない一線(レッドライン)が曖昧であるがゆえに生じる。だが、レッドラインを明確にすることと曖昧にしておくことの良し悪しは、状況次第であり、判断が難しい。レッドラインを明確にした場合、レッドライン以上の行動を抑止しやすくなる一方で、相手はレッドライン以下の攻撃ならば実行可能だととらえて、下位レベルでの軍事活動やハラスメントを誘発する恐れがある。他方でレッドラインを曖昧にした場合、その閾値がどこにあるのか探ろうとして、限定的な攻撃や挑発を行う過程で誤算が生じて情勢が不安定化し、エスカレーション・コントロールが難しくなるからである。

トランプのレッドラインはどこにあるのか

「イランが報復するなら52か所を攻撃する」と強気のトランプ大統領

大国である米国の行動は、各国に注意深く観察されている。だからこそ、ある特定地域で起きた固有の事例であっても、米国がそのときどのような反応(決意)を示したかは、潜在敵国はもとより、日本を含む同盟国にとっても他人事ではない。重要なケース・スタディなのである。

今回の米・イラン間の限定的な応酬を経て、各国はトランプ大統領のレッドラインは「米国人の死傷者」にあるらしいという確信をより強めたのではないだろうか。これは、
⑴キルクーク攻撃で米国人に死者が出たこと、
⑵これに対して短期間で明確な報復を行っていること、
⑶アルアサド基地に対するイラン側からの攻撃で米国人に死者が出ず、軍事的な再報復を行わなかったこと
などからうかがえる。

こうしたトランプ大統領の反応に対し、北朝鮮や中国、ロシアなどが学んだ教訓は、逆説的なものも含めれば以下のようなものだろう。
⑴米国人に死者が出る行動をとった場合、たとえそれが代理組織によるものでも、相応の報復のきっかけとなる可能性が高い。
⑵逆に、米国人に死者が出ていない状況では、トランプ大統領が軍事的対応を決断するハードルは高くなる(*2019年6月にホルムズ海峡で米軍の無人偵察機がイランに撃墜されたものの、直前で軍事的報復を思いとどまった事例を含む)。

このことは、北朝鮮や中国、ロシアといった国々は、米国人になるべく死者を出さないような形で、機会主義的な漸進的拡張行動をとっていく可能性が高いことを示唆している(もっとも、シリアにおいてアサド政権が化学兵器を使用した際には、米国人に死傷者が出ていない状況でも軍事攻撃を決断したことがあるように、この指標は確定的なものではない)。

もし北朝鮮が日本を攻撃したら

ではもし、北朝鮮が日本の領海や領土に対して、通常弾頭の弾道ミサイルを撃ち込むようなことがあった場合、トランプ政権はどのように対応するのだろうか。そこで米兵(米国人)に死傷者が出ず、少数の日本人だけが被害を被った場合、日本は米国に対してどのような対応を望むべきなのだろうか。

2020年1月現在、自前の長距離攻撃(反撃)能力を持たない日本は、こうした事態対処にあたっては、「同盟調整メカニズム」と呼ばれる外務・防衛・自衛隊(米軍)当局の各種協議枠組みやハイレベルの二国間会談を通じて、その対応を米軍に任せることとなる。筆者は、日米の政府当局者や専門家とともに、このような危機シナリオを想定した政策シミュレーションに参加する機会が多くあるが、日本側が米側に要求する対応案と、米側が想定する対応案が食い違うことも珍しくない。この種のシミュレーションは、互いの認識ギャップを含む諸課題を平素から特定し、それを解消する手段を考えることが目的であるから、検討段階で対応策が食い違うこと自体は大した問題ではない。問題があるとすれば、日本側の交渉力が弱く、いざというときに米側の政策決定に影響を与られないことだ。そうなれば、日本は自国の安全保障に大きく影響する危機時のエスカレーション・コントロールを自分の意思で行えなくなってしまう。そうした状況を避けるには、平素から日本側の影響力を大きくしておく努力が欠かせない。レバレッジとなる材料には、単に自衛隊の(攻撃)能力だけでなく、正確な一次情報、質の高い情報分析、説得力のある計画立案・修正力といった多くの要素が含まれる(当然、質の低い分析や現実とかけ離れたいい加減な提言は、日本の交渉力を毀損する)。

今年、日米安全保障条約は改定60周年の節目を迎えた。また両政府は、駐留米軍経費=防衛分担金をめぐる交渉も控えている。もっとも、現在日米同盟が直面している諸課題は、単に金額の大小だけでは解決できない。今こそ両国は、自衛隊と米軍の「役割、任務、能力(Roles, Missions, and Capabilities)」をどのように分担・共有するかを改めて議論し、再定義すべきときにきている。

【執筆:ハドソン研究所研究員 村野将】