「味の継承」についてです。アユの形をした「もなか」を製造していた和菓子店が2026年1月に閉店。生菓子の「巣ごもり」で有名な長野県飯田市の「いと忠」がその味を引き継ぎ、10カ月ぶりに復活させました。
■愛され続ける「アユのもなか」
もなかの中に白あんをたっぷり詰めて作ったのが、アユの形をしたもなか「天竜若鮎」です。
飯田では、茶菓子や土産物として昔から親しまれてきた和菓子です。
購入した人:
「うれしいですね。飯田へ来るとこれを買う、みんな好きで」
(記者リポート)
「いただきます。頭の先までたっぷりとあんが詰まっています、白あんは、やわらかくて、かりっとした皮によく合います」
■高齢化で閉店…70年の歴史に幕
天竜川を泳ぐアユをイメージして作られた「天竜若鮎」。
70年ほど前の1955(昭和30)年ごろ、飯田市内の和菓子店「松寿堂」が作り始めました。
しかし店主の高齢化などを理由に、2026年1月に閉店。
■飯田の味「巣ごもり」の会社が継承
その味を守ろうと引き継いだのが、飯田市の菓子製造の「いと忠」で、10月1日から販売を始めました。
いと忠・加藤雅芳 事業部長:
「子供の頃、おばあちゃんが買ってくるお菓子だった。地域の皆さんに愛されているものを、きちんと残して次の世代へ伝えていきたい」
「いと忠」といえば、タマゴの形をしたあんに、ホワイトチョコをコーティング。
飯田で長く愛される生菓子「巣ごもり」の製造会社です。
明治元(1868)年の創業で、終戦後の1960(昭和35)年に「巣ごもり」を作り始めました。
その少し前に誕生したのが、「天竜若鮎」で、ともに飯田の味として長く親しまれてきました。
■元店主「最後の使命」作り方を伝授
復活した「若鮎」を感慨深く見つめるのは、松寿堂の3代目、黒田誠さん(74)です。
松寿堂 3代目・黒田誠さん:
「復活ができたうれしさがありますね。皆さん喜んでもらうことが、最後の使命になると思いますけど」
松寿堂 3代目・黒田誠さん:
「ここでへらを、こういうふうに使えば」
黒田さんは現在、いと忠の工場で、従業員たちにつくり方を教えています。
もともと知り合いだった、いと忠の木下社長が松寿堂の閉店を知り、黒田さんに「天竜若鮎を継ぎたい」と声をかけたのが、継承のきっかけでした。
松寿堂 3代目・黒田誠さん:
「半世紀弱、お菓子に携わってきたので、人に言われると寂しいかな。どこかで継承していかないと、という気持ちがあった。うれしさより、“お客さんに対しての安心感”の方が強かったかもしれない」
■機械、包装…全て譲り「同じ味を」
味や大きさを変えないため、店で使っていた製造機械や包装、作り方など、全てを譲り渡し、伝えたといいます。
松寿堂 3代目・黒田誠さん:
「(難しいのは)『ここがコツだよ』という要点をどこにするか」
「天竜若鮎」のあんは、水分量が多く、やわらかいのが特徴。そのため、頭から尾までぎっしりとあんを詰めることができます。
松寿堂 3代目・黒田誠さん:
「アユという特殊な形なので、あんを詰めたりするのに時間がかかる。そういうのが難しいかな。一人前になるまではアドバイザーとしてしっかり若鮎を継承できるように」
作業する従業員:
「難しいですね。(黒田さんはどんな存在?)師匠という感じです。すごく丁寧でわかりやすい」
いと忠・加藤雅芳 事業部長:
「菓子屋が紡いできた伝統があり、一番はお客さんに愛されているので、味や見た目は大きく変えないように、継げるものは継いでいきたいと考え、そこを大事にしている」
■「懐かしい」4日で1200本が売れる
10月1日から販売を始めると、4日間で1200本が売れるほどの人気ぶりで、この日も市内外から「懐かしさ」を求め客が訪れていました。
高森町からの客:
「昔から食べている。(閉店したが)きょうここに来たらあってびっくりした、懐かしいと思って」
長野市からの客:
「亡くなった母がすごく好きだった。いつも実家に帰るときは買っていった」
■「思い出の味」を次の世代へ
伝統の味を引き継ぎ、未来につなぐ―。
いと忠・加藤雅芳 事業部長:
「若鮎を復活させたことでお客さんからものすごく反響をもらっている。やる意味はすごく大きいと感じている。思い出の中に生きているお菓子でもあると思うので、食べて思い出していただき、次の世代の人がこんなにおいしいものがあると味わってもらえるとうれしい」
