鹿児島県鹿屋市に、小学校で働きながら世界の舞台に立つアスリートがいる。東郷博乃さん、42歳。2026年8月に韓国で開催された「世界マスターズ陸上競技選手権」の100メートル走で銅メダルを獲得した。母親として、学校職員として、そして走り続けるアスリートとして——「3足のわらじ」を履きながら、彼女は今日もトレーニングに励んでいる。
韓国で手にした銅メダル、「泣きそうになった」
鹿屋市の陸上競技場で、一人黙々と練習を続ける姿がある。東郷さんだ。「気持ち良くて、嫌なことやストレスが発散できるので、すぐ走りに行きたいといつも思っている」と語るその表情には、競技への純粋な愛着がにじむ。
マスターズ陸上は、5歳ごとに設けられた年齢別カテゴリーで同世代と競い合う大会だ。東郷さんは中学校の部活動で陸上を始め、長男を出産した際に一時競技から離れた時期もあったが、このマスターズの舞台で再び走ることへの情熱を燃やしてきた。
2026年8月、韓国で開かれた「世界マスターズ陸上競技選手権」。東郷さんは100メートルで12秒61を記録し、見事に銅メダルを獲得した。
「決勝に行けたこともびっくりだったが、まさか3位に入れるなんて本当に思っていなかったので、メダルをもらったときに国旗が後ろにあったのを見て、改めて実感して泣きそうになった」
東郷さんの実家を訪ねると、部屋いっぱいに盾や賞状が並んでいた。マスターズ陸上では29歳と32歳のときに日本記録を更新した実績もある。「マスターズになってから12回ぐらい(大会記録を)塗り替えた。大人になってからもそんなに記録も変わらない。変わっても0.5秒とか1秒は変わっていないです。まだ」と、余裕すら感じさせる口調で振り返る。
「チーターぐらい」——子どもたちが慕う学校の先生
世界3位のアスリートの「もう一つの顔」は、鹿屋市の祓川小学校で働く学校職員だ。東郷さんは同校で、児童の学校生活や学習をサポートする「特別支援教育支援員」として勤務している。

取材した日は、週末に迫った運動会の練習まっただ中だった。リレーの練習では、他の誰よりも大きな声で児童たちを鼓舞する東郷さんの姿があった。欠席した児童の助っ人として走ったことはないかと尋ねると、思わず笑いを誘うエピソードが返ってきた。「1回したことがあるが、そのとき全力で走ったつもりはないが、子どもたちからのブーイングがすごくて却下されました」。
休憩時間になると、東郷さんの周りにはいつも児童が集まってくる。「先生、どうやったら勝てますか?」と尋ねる子どもに、「みんなのバトンパスだよ」と答える。児童たちは東郷さんのことを「優しくて気遣いができて、とにかくみんなのことに気を配って安全にしてくれる先生」と話す。東郷先生のすごいところを聞くと、「足の速さです。チーターぐらい」「本気で走ったところは見たことないですが速いと思います。世界3位だから」と目を輝かせた。
牧野忠彰校長も「びっくりした」と、世界3位の快挙を喜んだ一人だ。運動会では東郷さんの本気の走りを児童たちに見せるサプライズが企画され、あまりの速さに会場が一瞬静まりかえったという。
練習できるのは「午後8時半以降」
仕事を終えた東郷さんは、毎日保育園へ向かう。2年前に生まれた次男・緒李ちゃん(2)を迎えるためだ。驚くべきことに、出産からわずか2カ月後にはトレーニングを再開したという。
母親業、学校職員、アスリート——三つの役割が重なる毎日の中で、練習に使える時間は限られている。全ての家事と子どもの世話が終わった「午後8時半以降」だ。陸上競技場が閉まるまでの約1時間。それでも東郷さんは、その1時間を惜しむことなく走り続ける。

「同世代にはもちろん負けたくないし、鹿児島のマスターズに私より若い子もいるが、同じくらいで走りたい。一回りくらいは違う。まずは楽しく走るということ、目標としてはやはり金メダルが欲しいと思う」
目指す舞台を問うと、答えはひと言だった。「世界です」。

支えてくれる人たちへの恩返しを胸に、さらなる高みを目指して、東郷さんは今日もトレーニングに励んでいる。
【動画で見る▶世界マスターズ陸上100mで3位! ママはメダリストで先生【鹿児島・鹿屋市】】

