寿司では高級ネタとして知られるトリガイ。天然資源への依存度が高く、「希少な貝」と言われてきたこの貝が、宮城県女川町で養殖されようとしている。仕掛けるのは、東京大学やアメリカの大学で環境問題を学んだ、地域おこし協力隊の長谷川翔亮さんだ。「宮城の水産業を変えるんじゃないかというレベル」と地域が期待を寄せる、新たな挑戦を追った。
環境問題を学んだ男が、なぜ「トリガイ」なのか
千葉県出身の長谷川さんが女川町でトリガイ養殖を始めたのは、2024年のこと。取り組みのきっかけは、環境問題への問いかけだった。
長谷川翔亮さん:
肉類の生産では、例えば牛肉なら8キロ以上の餌を与えて、やっと1キロの肉が得られる。そのため、8キロの餌となる大豆やトウモロコシを生産するための土地や水、それに伴う温室効果ガスの排出が必要。
一方、トリガイを含む二枚貝の養殖では、漁師は餌を与えない。温室効果ガスの排出量は少なく、陸上の土地も淡水資源も使わない。さらに、カキやホタテと比べて成長スピードが約3倍早いという特性もある。環境への負荷を抑えながら、短期間で多くのたんぱく源を生み出せる。長谷川さんが二枚貝、なかでもトリガイに着目した理由がそこにある。
なぜ「女川」だったのか

養殖に適した産地を探すため、長谷川さんは全国をまわった。プランクトンが多く栄養豊富で、山々に囲まれ風の影響を受けにくい三陸の海が適地だと判断した。そのなかでも女川町を選んだのには、海の環境だけでない理由があった。
長谷川翔亮さん:
女川町は、外から来た人や若い人を応援する文化がすごくある。自分が来た初日には町の関係者に集まってもらい、女川でトリガイをどうしていくか話し合いができた。女川だったらやりたいことをやっていける確信があった。

現在、町内8カ所の浜、約30人の漁師が長谷川さんの挑戦を支えている。長谷川さんが育てた稚貝を地元漁師が受け取り、海で育てる仕組みだ。
「0.001%」から始まった試行錯誤

トリガイの養殖において、稚貝を育てることは非常に難しい。事業化には4%の生存率が必要とされるが、生産当初は1%にも満たなかった。
長谷川翔亮さん:
卵を産ませられないという最初のハードルがあったので、試行回数をたくさん稼ぐことで突破していった。0.001%かもしれないが、まずはできるところまで至ったのが昨年の夏。現在は2%弱くらいまで来ているイメージ。

地道な試行錯誤の末、今シーズンはついに初めての水揚げにこぎつけた。その結果は予想を上回るものだった。
長谷川翔亮さん:
一般的に出回っているトリガイのサイズより大きい、いわゆるブランドトリガイサイズのものが、女川でつくれることがわかった。
地元漁師も専門家も期待する「新しい資源」
近年、海を取り巻く環境は激変している。女川港はサンマの水揚げで知られてきたが、今はサンマが取れない状況が続く。ホタテも昨年は収穫量が振るわず、カキも今年は芳しくない。
地元漁師の阿部圭尋さんも「ずっと高水温が続いていたので、さすがに既存の養殖はきついんじゃないかと思っていた」と現状を語る。だからこそ、トリガイ養殖への期待は大きい。
地元漁師 阿部圭尋さん:
宮城の水産業を変えるんじゃないか、というレベルだと思っている。
地域住民だけでなく、専門家もこの取り組みを評価している。
宮城大学食産業学群 西川正純教授:
新しい一つの資源と言う意味では、画期的なことになるのではないか。種苗生産からトライして、湾内で養殖していくことができるのであれば、日本水産業にとっても本当に画期的なこと。
来年は量産へ、三陸全体への広がりも視野に

貝毒検査を経て、早ければ年内にも出荷が始まる見込みだ。
長谷川翔亮さん:
女川だからこそのサイズ感。トリガイに合った海と思っている。今年の知見を生かして、来年はどんどん量産していければ。
安定した種苗生産のための独自拠点を構えるべく、11月からはクラウドファンディングを開始する予定だ。

さらに長谷川さんは、この技術を他の三陸沿岸にも広げ、宮城の水産業全体を盛り上げたいと話している。
環境問題を学んだ32歳が、変わりゆく海と向き合いながら女川の浜で育てる「トリガイ」。その挑戦は、地域の水産業の未来を切り拓く一手になるかもしれない。

