太平洋戦争直後、旧日本軍の弾薬の爆発で犠牲になった3人の子供の慰霊祭が宮崎県日向市で行われました。
1945年の10月15日、旧日本軍が日向市の寺迫国民学校の近くに埋めていた弾薬を5人の子供が持ち帰ろうとして、弾薬が爆発しました。
この事故で3人が亡くなりました。
15日は、寺迫小学校と美々津小学校の6年生、遺族など合わせて約40人が慰霊祭を行い児童の代表が作文を発表しました。
(児童代表)
「(終戦直後は)学校の近くにピストルや箱に入った爆弾、手りゅう弾が置かれていたことは、今の私には信じられません。これから二度と戦争が起きないように学び続けます」
(児童)
「すごく驚きました。戦争が終わったら平和だと思っていたけど、(弾薬で)亡くなったことです」
(児童)
「(旧日本軍の)爆弾の不始末とかで亡くなったとは思いもよりませんでした」
慰霊碑には、児童ひとりひとりが「戦争を忘れず語り継ぐ」など思いを書いた折り鶴を供えました。
(遺族)
「(慰霊は)本当にありがたいし、思ってもいませんでした。(亡くなった子供も)すごく喜んでいると思います」
児童たちは、これからも平和について学習する予定です。
