蒲島知事は15日、任期満了を迎え、退任します。10日から3日間、知事本人や元側近への単独インタビューで4期16年を振り返ります。

1回目は球磨川の支流・川辺川へのダム建設をめぐる政治決断についてです。

県政史上最長となる4期16年の蒲島県政は、4月15日に幕を閉じます。

TKUは4月4日、退任前の蒲島知事に単独インタビューを行いました。

【後藤 祐太アナウンサー】
「蒲島知事にとってこの4期16年はアッという間だったか、それとも長かったか」

【蒲島 知事】
「あまり苦しむことなく16年間、県政を運営できたなと。それはどうしてかというと県民との信頼関係ができていたので、いろんな大きな問題もあったけど、それを創造的復興という形で乗り越えることができた」

【後藤 祐太アナウンサー】
「この4期16年の中で蒲島知事にとって一番思い出に残っている出来事は?」

【蒲島知事】「印象に残っている出来事はたくさんあります。でもその中で選ぶとすれば、川辺川ダムに関する私の2度の方向転換を多くの県民が支持してくれたこと」

川辺川ダムへの建設をめぐっては、頻発していた球磨川の水害を受けて1966年に当時の建設省が計画を発表。しかしその後、社会情勢の変化や反対運動などによって本体工事の着工には至らず、計画発表から42年後の2008年、就任1年目だった蒲島知事が「白紙撤回」を表明。その翌年、国が正式に「建設中止」を表明しました。

【元副知事 小野 泰輔 衆議院議員】
「50年近くずっともつれにもつれていて、お互いの主張がぶつかり合って前に進まないという状況だったので、まず決断することが大事だった」

蒲島知事の東京大学教授時代の教え子で、元副知事の小野 泰輔 衆議院議員です。

当時、県の政策参与として知事を支えました。

【元副知事 小野 泰輔 衆議院議員】
「どっちの決断をしても批判されるし、ほめてくれる人はいない。でもそれをやらないといけないのが政治家の仕事だと思って私も相当なプレッシャーを受けながら知事の下でやっていた」

その後、球磨川などが氾濫し多くの犠牲者を出した4年前の豪雨災害を受け、蒲島知事はダム「白紙撤回」から再び方針を転換。流域住民との意見交換を重ね、『命と環境の両立』こそが民意だとして流水型ダムの建設容認を表明しました。

【蒲島 知事】
「政治決断も、全く違う方向転換した政治決断なので、それは一番難しかった」
「球磨川流域の安心安全な暮らしと球磨川、川辺川の自然の恵みを次の世代に引き継いでいくために私は必要な決断だったと考えている」

その一方で、ダムによって一部地域が水没する五木村への思いも…。

【蒲島 知事】
「2度の方向転換で五木村の皆さんを深く困惑させてしまったことについては知事として本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ」

こう述べた上で蒲島知事は来週月曜の任期最後の日まで五木村と相良村の振興に責任と覚悟を持って取り組むとしました。

五木村は4月21日に村民集会を開き、このなかで木下 丈二 村長が川辺川への流水型ダム建設について賛否を表明するということです。

2回目の11日は蒲島県政を語る上で欠かすことができない『くまモン』についてお伝えします。

テレビ熊本
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