新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)の感染拡大を防ぐ対策としてのソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)ですが、自宅待機も長丁場になればなるほどストレスがたまります。
慣れない生活に加え、会いたい人に会えないフラストレーションや、逆に普段は仕事や学校などで適度に距離のあった家族との“家庭内濃厚接触”に「もう、無理!」と頭を抱えている方も少なくないことでしょう。
3月23日からロックダウン(都市封鎖)が始まっているイギリスでは、1ヶ月も経たないうちに約半数の人たちが「普段より不安で気分が落ち込んでいる」と答え、38%がよく眠れないという調査結果が出ています。決して対岸の火事ではありません。
先の見えない不自由な状況下でやり場のないストレスが続くと、“コロナ疲れ”から生じるうつ状態、いわゆる“コロナうつ”を患う危険性があります。
この記事の画像(5枚)さまざまなストレス解消法やこころのケアが紹介されています。ご自身に合ったものを見つけ、うまく取り入れることで、みなさんの自宅待機中の心身の疲れが癒やされることを願っています。
一方で、それらが効果を充分に発揮するには、前提となる“こころのコンディションづくり”が不可欠です。コロナ前には当たり前だったけれど、非常事態ではつい忘れがちな“こころにやさしい日常生活の過ごし方”が、先日国際医学会によって共同で世界に向けて提言され、日本語版も日本うつ病学会によって発表されています。
ここでは、その提言に基づいて、実践ポイントについて解説します。
“こころにやさしい日常生活”を
そもそも“こころにやさしい日常生活”とは何でしょう?
それは私たちが人間である前に、“動物レベル”で実践すべき基本的なものです。具体的には、 規則的な生活リズムを心がけるということです。
私たちがこころ穏やかに過ごすために最も重要な脳のメカニズムのひとつに、“体内時計”と呼ばれるものがあります。
この体内時計がスムーズに働く(=正確に時を刻む)と、私たちは心身共に心地よさを感じるようにできています。逆に、体内時計が乱れると、多岐にわたる心身の状態が悪化します。
例えば、うつ病などのメンタルの不調から、糖尿病、がん、ひいては心筋梗塞や脳梗塞といった病気まで。女性の大敵である肌荒れ、冷え性、肥満にも影響します。
なんと言っても、今、一番懸念されている感染リスクに関係する免疫力まで低下させてしまいます。不規則な生活だと風邪もひきやすいですよね?動物実験では、インフルエンザワクチンの抵抗力に4倍の差が出るほど、免疫は体内時計の影響を強く受けることもわかっています。
時計のくせに、すぐに時間が狂う“体内時計”
生きていく上でこれほど大切な体内時計ですが、時計のくせにすぐにバグを起こして時間が狂ってしまうという、とても困った習性を持っています。
どれだけ頼りない時計かというと…
(1)毎日、確実に時間がずれるので、“時刻合わせ”も毎日必要
(2)環境変化で簡単に時間が狂ってしまう
(3)すぐに狂うくせに、一度大きく狂うと修正が難しい
だから、生活が激変した今こそ、“体内時計のケア”が不可欠なのです。
新型コロナのように生活を激変させる出来事に直面すると、体内時計は乱れやすくなるだけでなく、一度乱れたその体内時計を元に戻すことも難しくなります。
特に、仕事や学校・余暇・人との関わりといった一定のリズムで毎日行ってきた日課が失われると、体内時計はバグりやすくなります。その結果、不眠、食欲や意欲の低下、疲労倦怠、憂うつや苛々などの感情不安定化、といった時差ボケに似た不快な心身の症状が出現してくるのです。
そこで、体内時計をスムーズ働かせるために、非日常下でも可能な5つの生活術を紹介します。
“コロナうつ”対策に役立つ5つの生活術
<1>睡眠
・毎日、同じ時間に寝起きして、一貫した睡眠リズムを維持しましょう。いつも同じ時刻に起床することは、体内時計の安定に最も重要です。必ずしも無理に朝型にする必要はなく、朝型か夜型どちらでもよいので、毎日、自分に合った一定のリズムで寝起きすることが大切です。
・起床後すぐの朝日浴は、必ずしも睡眠に効果的とは限りません。朝日浴は、夜型になりやすい若者タイプの不眠には効果的ですが、高齢者に多い“寝つくのはすぐだけど、目覚めが早すぎて困る”といったタイプの不眠では、かえって逆効果になることが少なくないということが行動科学では常識となっています。“朝日浴=誰もが良眠”と誤解を与えかねない情報が、なぜか日本ではステレオタイプに拡散していますが、注意が必要です。
・日中の昼寝(特に、午後遅く)は「夜の睡眠を食べる」と言われるほどなので、できるだけ避けましょう。どうしても昼寝が必要だとしても、長くても30分以内に収めましょう。昼寝直前に、紅茶やコーヒーなどカフェイン入りの飲み物を摂ると、昼寝が長引かないという裏技もあります。
・夜間に明るい光(特にブルーライト)を浴びるのは避けましょう。パソコンやスマホの画面も含まれます。ブルーライトは、睡眠に不可欠なホルモン(メラトニン)を減らしてしまいます。
<2>食事
毎日、同じ時間に食事をしましょう。食事の刺激は体内時計を正常化させます。とりわけ、朝食は大切です。食欲がなくても時間が来たら少量で良いので何かを口にしましょう。
アルコールも体内時計を狂わせるので、お酒の飲み方は要注意です。寝酒は、寝つきが少しましになったような気にはなれても、睡眠の深さが失われるので、睡眠薬代わりのお酒は厳禁です!また、昼酒や飲み過ぎといった悪いお酒の習慣は、うつの原因になることも示されています。
<3>運動
毎日、運動をしましょう。できれば、同じ時間帯で。散歩などは気分転換にもなりますので、3密を避けて一日一回は外に出てからだを動かしましょう。ただし、急に運動し過ぎると、けがの原因にもなりますし、かえって免疫力が下がるという研究すらあるのでマイペースを大切に。
<4>日課
・洗顔や歯磨き、朝の着替え、在宅での仕事や勉強、家事、入浴など、毎日行ういくつかの日課も、同じ時間に行いましょう。すでに、朝からパジャマのままでダラダラとなし崩し的な生活を送り、調子がすぐれないという方は、私の周囲でも散見します。“自宅待機生活=毎日が日曜日”ではありません!
・毎日、一定時間を屋外で過ごしましょう(3密は避けて)。
・外出できなくても、少なくとも2時間は窓際で過ごし、太陽の光を浴びながら、読書や音楽、瞑想など、こころが落ち着く時間を持ちましょう。
・体内時計の時刻合わせには、朝の光が欠かせません。時刻合わせに望ましいのは、お昼近くよりは、目覚めてから1~2時間以内の早い時間帯です。一方で、既述のように朝日には、特に高齢者の睡眠にはマイナスの影響もありえますから、バランスをとりながら自分に合ったリズムを総合的に判断して見つけていきましょう。
<5>対人交流
・特に一人暮らしの場合、社会的距離を取ることで、人との交流が希薄になりがちですが、スムーズな体内時計の働きには、健全な対人交流も不可欠です。会えない期間は、テレビ電話でも音声通話でも構わないので、毎日、誰かと会話する機会を持ちましょう。LINEのような文章だけのやりとりでも、リアルタイムにメッセージが行き交うものであれば大丈夫です。日課に取り入れ、毎日、同じ時間帯に誰かと交流するようにしましょう。
・家族など同居している人がいる場合、生活リズムは他人に乱されがちです。例えば、家での不要な気遣いは消耗しますし、あまりにもマイペースな同居者に自分の生活が振り回されるのはつらいことです。できれば、率直に話し合いたいものです。
ただ、相手に頼む時には「やってもらわなきゃ、困るよ!」「私のつらさ、わかってんの!?」とネガティブな感情を添えるのではなく、「やってくれたら、助かるなぁ」「手伝ってもらえると嬉しいよ」とポジティブな気持ちをおしりに添えるのがポイントです。言われた時の印象が180度違いますし、断られても互いに傷つかず、またの機会にワンチャンを残せます。
・社会的隔離を一足先に経験した海外からは、ドメスティック・バイオレンス(DV)やコロナ離婚の激増も漏れ聞こえてきます。もしDVがあるならば、我慢せずに専門機関に相談しましょう。
・互いに気持ちを分かちあえる信頼できる人間関係こそ、うつ予防も含めた最強の“こころの抵抗力”のひとつであることは医学的に示されています。「今さら急に、冷え切った家族との関係改善などありえない!かえって苦痛!」という場合には、家族以外の人間関係を充実させるだけでも“困った人との関係性”が少し薄められ、負の影響力を最小化できる次善の策として有効です。
・もともと交流できる人間関係なんてない、という人は、こころのうちを書き出すだけでも、楽になれます。Twitterやブログでスッキリする、あれと似たイメージです。ただ、人目にふれるものは書きすぎが怖い。そんな時には、こころのうちにたまった気持ちを紙やスマホに書く「感情日記」なども心身の健康に医学的効果が示されておりお薦めです。
ただ、書いてかえってつらくなる場合には、自己流で無理はし過ぎないでください。書き方のコツについての解説書もありますので参考にしてもよいでしょう(参考文献参照)。
・生活リズムが破綻する最大の理由は、役割のアンバランスです。夫婦で在宅勤務、子供は休校、そんな中で母親(妻)だけに家事や家族のケアが集中するといった“役割のオーバーシュート”は、よくある不健全な例です。長丁場になるほど母親(妻)のペースは狂わされ、体内時計が正しく機能しなくなってしまいます。この機会に、家族で家事などの役割分担を相談して、みんなが心地よく「Stay Home」できる生活リズムのルールを作りましょう。
“コロナうつ”のさらに深刻な原因として懸念されているのが、いわゆるコロナ不況の到来です。先の見えない持久戦で“大切な自分を守る”には、こころのコンディションづくりはますます不可欠になるでしょう。
その“はじめの一歩”として、“コロナうつ”対策としてのこころのコンディションを整える5つの生活術、ぜひ参考にしてみてください。
日本うつ病学会:
「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行下における、こころの健康維持のコツ」
https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/2020-04-07-covid-19.pdf
国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター:
https://www.ncnp.go.jp/cbt/news/archives/32
内閣府男女共同参画局:
配偶者からの暴力被害者支援情報
http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/soudankikan/index.html
【参考文献】
『日記を書くと血圧が下がる―体と心が健康になる「感情日記」のつけ方』
(CCCメディアハウス)最上悠
執筆=宗未来(精神科医・医学博士)
東京歯科大学准教授・市川総合病院精神科部長
対人関係・社会リズム療法を、日本人としては唯一公式に米国ピッツバーグ大学から学び実践する専門家。英国留学中にはオックスフォード大学で睡眠医学の世界的権威であるコリン・エスピー教授に不眠症の認知行動療法の指導も受ける。他に、AI(人工知能)やVR(バーチャル・リアリティ)を駆使した新時代のメンタルヘルスを提唱し、実践する。
※対人関係・社会リズム療法とは、体内時計にやさしい“日常生活と対人交流”のリズムを整える心理医学的治療。環境変化で調子を崩しやすく、気分の波が不安定な方のこころの不調には、認知行動療法などと並んで高い医学的効果が証明されている。